6 バス停
はっとして目覚めると僕はバス停にいた。異様に大きな月が空に出ている。バス停の周りは、見渡す限りのキャベツ畑だ。キャベツ畑の中に一本の道があり、その道沿いにあるバス停のベンチに僕は座っているのだ。
「起きたかい?」と隣から誰かが言った。
見るとそこには白うさぎがいた。目が赤い。小学校の飼育小屋で飼っていたうさぎとそっくりだ。
「君は?」と僕は尋ねる。
「僕はうさぎだよ。見ての通り」とうさぎは答える。
キャベツ畑のキャベツは、光の加減で人間の生首に見える。地面から大量の生首が生えているのだ。その中には、箱に入っていた少女のものがある。ジョニーや、美しいナースのスミレのものもある。中には、僕自身の生首もあった。
じっと見つめていると、僕の生首が目を開いて僕に言った。
「じろじろ見るんじゃねえよ」と。
「わああああ!」
僕は思わず叫んだ。
「どうしたんだい? 急に大声を出して」とうさぎが僕を見上げる。
もう一度見ると、生首はキャベツに戻っていた。
「いや、何でもない」
「ほら、バスが来たよ」
うさぎがそう言った。見ると、果たしてバスが近づいてきている。行先のところには「バベルの塔」と出ていた。
「バベルの塔? このバスは、バベルの塔に行くの?」
「そうさ。当たり前だろ」
バス停にバスが止まると、うさぎはぴょんとベンチから飛び降り、二足歩行で歩いてバスに乗り込んでいった。僕はその場で立ち上がったが、乗るかどうか躊躇した。バベルの塔なんて実在しないはずだ。こんな得体のしれないバスに乗って大丈夫だろうか?
赤い髪の運転手が僕を一瞥する。その目は、乗るのか? 乗らないのか? はっきりしろよ。と言っているみたいだった。僕は意を決してバスに乗り込んだ。
入り口の近くの席に座っている大男を見て僕は叫んだ。
「ジョニー!」
それは天才科学者のジョニーだったのだ。
「やあ、ナクくん」とジョニーは笑顔で言った。しかしその目はちっとも笑ってなかった。
「なんでここにいるんだ?」
「君は精神に異常をきたしている。だから隔離室に入れることにしたよ」
「何を言っている?! 僕は正常だぞ!」
「精神異常者はみんなそう言うのよ」
それはスミレナースの声だった。しかしかのおじょの姿はどこにもない。
「僕は狂ってなんかない!」
ジョニーにつかみかかった。すると、今までジョニーだと思っていた喪には、本物のジョニーではなく、ボール紙にジョニーの絵が描いてるものだった。
「なんだこれは? 僕をおちょくっているのか?」
「悪く思わないでくれよ。君のための措置なんだからね」
「うるさい!」
僕はそのボール紙を力任せに引き裂いた。
「はっはっはっはっは……」
ジョニーの笑い声はそれでも鳴りやまなかった。
「うるさいうるさいうるさい!」
ボール紙をびりびりに引き裂いたとき、がたんとばすが揺れて走り出した。
よろめいた僕は、座る場所を探して車内を見回した。探すまでもなく、空席はたくさんあった。
バスに乗っているのは、僕を含めて7人。真っ赤な髪の運転手。彼はハンドルを握らずにエレキギターを大音量でひいている。自動運転なのだろうか。頬に大きなほくろがある中年女。彼女は手に買い物かごを下げていて、そこから人間の足みたいな形の大根が突き出ている。後ろの方の席には学生の男女カップルがいて手をつないでいる。角刈りでスーツを着た筋肉質な男と、上半身裸のぼさぼさ頭の男。
僕はうさぎの横に腰かける。
「何か変なんだ」と僕はうさぎに耳打ちする。
「何が?」
「このバスに乗っている客は、運転手も、みんな見覚えがあるんだ」
「気のせいだろ?」
「そうかも、しれない……」
僕はある考えを口に出した。
「ねえ、これって現実なのかな?」
「おかしなことを言うね、君は。現実に決まってるじゃないか」
「そう、だよな……」
「現実と夢が区別できないなら、それは精神病だぞ。病院に行った方がいい」
「いや、僕はいたって正常さ。精神病院になんて行くもんか」
「目的地まではずいぶん遠い。少し寝たら?」
うさぎはそう言って座席の中で目を閉じた。
僕は寝たくはなかった。だけど、バスの心地よい揺れに揺られているうちにだんだんと瞼がおこくなっていった。目を閉じると、軽い浮遊感のようなものを感じて、すとんと眠りに落ちて行った。