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バベルの塔へ  作者: 背骨
5/10

5 診察室

 僕は箱を小脇に抱えて川沿いの道を歩いている。さっきまでバス停にいたはずなのに……。きっと僕は夢を見ているのだ。現実の僕は、バス停に座って居眠りをしているのだろう。


 川で3人の中学生が焚火をしている。まるで以前の自分を見ているような気分だ。


 中学のころ、僕にはふたりの親友がいた。何をするにも僕たちは一緒だった。ふたりのうちの一人は死に、もうひとりは音信不通だ。


 川沿いを歩いていくと、そこには病院があった。紫と黄緑のストライプ模様の建物で、看板にはピンクの文字で「ジョニー病院」と書いてある。


 その病院に僕は入って行った。


「今日はどうなされましたか?」


 受付の美しい女性ナースにそう尋ねられ、僕は口ごもった。これは夢なのだ。夢の中での行動に理由などない。どうなされましたかと問われても答えようがないのだ。


 僕が何も答えないことを確認すると、ナースはこくりとうなずき、「順番になりましたらお呼びしますので、そこに腰かけてお待ちください」


 僕は言われたままに椅子に座った。膝の上に宅配便の箱を乗せる。この中に少女の生首が入っているのだ。


 待合室には僕以外にも診察を待つ患者たちがいる。頬に大きなほくろがある中年の女性、痩せた学生服の男と出っ歯のセーラー服の女、ふたりはカップルなのだろう。手をつないでいる。筋肉質な角刈りの男もいる。スーツを着ていて、見た感じ健康そうだ。真っ赤な髪の革ジャンの男は楽器の入ったケースを持っている。おそらくその中に入っているのはエレキギターだろう。もうひとりの人物は、破れたジーパンをはき、上半身裸でぼさぼさ頭の男。僕を含めると合計7人だ。


「ナクさん、東雲ナクさん」


 僕の名前が呼ばれた。


「こちらへどうぞ」


 美しいナースにうながされ診察室に入る。


 そこにいた人物を見て僕は頓狂な声をあげた。


「ジョニー!」


 白衣を着て椅子に座っているのは天才科学者のジョニーだったのだ。しかしジョニーはけげんな顔をして、


「あなたとは初対面ですよ」

「なんで? 僕を忘れたのか?」

「とにかく診察を始めます」


 ジョニーは僕のことがわからないらしい。あるいは、わからないふりをしているのかもしれない。


「体調はどうですか? 頭が痛いとか、体がだるいとかはない? 食欲はありますか? 夜はよく寝れる?」

「こんなものが届いたんだ。宅配便で」

「宅配便? 中身は何ですか?」

「一家惨殺の被害者の少女の生首」

「まさか……」


 ジョニーは少し顔をしかめてから、


「開けてみてもいいですか?」

「いいけど、きっと驚くよ。僕も最初澪た時には度肝を抜かされたんだ」


 ジョニーは机の上に箱を置いてそれを開けた。ナースとジョニーがその中を覗き込む。


「ね? あるだろ、生首が」


 ジョニーとナースが顔を見合わせて笑う。


「なにがおかしいんだ?」と僕は尋ねる。


「これが生首ですか?」


 ジョニーが箱の中の生首を掴んで持ち上げる。しかしそれは生首ではなくてキャベツだった。


「あれ? おかしいな……」


 僕は困惑する。


「今晩のおかずはロールキャベツかしら」とナースが笑う。


「スミレくん、カルテに書いておいてくれよ」

「はい、先生」

「嘘じゃない。本当なんだ。家を出るまでは確かにはこの中には生首が入っていた。どこで中身が入れ替わったんだろう?」

「信じてますよ。それで、ほかに何か変わったことはありませんでしたか?」

「生首少女の体を探すために僕は地下の廊下を歩いた。廊下は無限みたいに長くて……」

「うん、続けて。スミレくん、ちゃんとメモしておいてくれたまえよ。実に興味深い」

「シロクマがいたんだ。僕は危うく食べられそうになって……駅前の街灯の下にストリートミュージシャンがいて……」

「それは何駅?」

「駅名までは見てないよ。とにかく、その左手のないストリートミュージシャンがバベルに行けって」

「バベルって、バベルの塔のこと?」

「そう、」旧約聖書に出て来るバベルの塔だよ。そんなものは実在しないって僕は言ったんだけど、バスに乗ればいけるってその女は言って……あっ、そうだ!」

「どうしたんですか?」

「これは全部夢なんだ!」

「なんだって?」

「現実の僕はバス停で待ちくたびれて寝ているんだ。この世界は僕が見ている夢なんだ」

「落ち着いて聞いてください。ここは夢の中なんかじゃない。ここは、現実です。あなたは精神病で、いま診察を受けているんです」

「ちがう! ここは夢の中だ。もう目覚めないと。僕はバベルの塔に行くんだ!」

「大声を出さないでください。スミレくん、注射だ!」

「はい」

「おい、はなせ! 僕を押さえつけるな!」

「暴れないで!」

「注射はよせ! 僕会注射が嫌いなんだ!」

「大丈夫ですよ。ちょっとチクッとするだけですからね」


 僕の体をジョニーが押さえつけ、首筋にスミレナースが注射を打った。僕の意識が途端にもうろうとしてくる。目の前の景色がぐにゃりとゆがんだ。


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