10 月面にダイブ
僕は塔を上る。塔の内部は螺旋階段になっている。疲れるとその辺に寝転がって眠る。
お腹がすいたら、足元に落ちている死体を食べる。
足元には、赤髪の運転手や、ほほに大きなほくろがある主婦などの死体が落ちている。
僕はそれらを食べて、のぼり、ねむる。その繰り返し、どれだけの時間が経過したかはわからない。すでに時間感覚がマヒしているのだ。
窓の外の月はどんどん大きくなっている。確実に月に近づいているのだ。
何度目かの眠りから覚めた時に異変が起こった。死体が動き出したのだ。死体はゾンビになって僕に襲い掛かる。僕は、走った。
走って、走って、走って、走った。すると、進行方向からも僕が走ってきた。
「どけ! 危ない!」と僕は叫んだ。
「そっちこそどけ! 危ない!」ともう一人の僕は言った。
僕たちは激しくぶつかった。
しかし、のんびり伸びている場合ではない。すぐに起き上がった。もうひとりの僕も起き上がる。僕たちは顔を見合わせて行った。
「お前は、僕か?」
「僕は、お前か?」
前方からはジョニーとスミレが追いかけてきていた。
ふたりの僕は顔を見合わせた。そして、窓に足をかけた。
窓の外には月面があった。
僕たちは窓に足をかけて、月面に飛び降りた。
月面に着地した衝撃でふたりの僕は合体して、ひとりの人間になった。
見上げると、バベルの塔の階段でお互いにぶつかり合っているゾンビたちとジョニーとスミレが見える。
フフフと僕は笑った。
月面を歩いた。どこまでも、どこまでも歩いた。
月の裏側に、ドアがあった。ドアだけが、そこに立っていた。僕はそのドアを開けた。
ドアの向こうは僕の家の居間だった。
僕は麦茶を飲みながらテレビのニュースを見た。画面では一家惨殺のニュース。
「ひどい事件だ」
そうつぶやいて麦茶をぐびりと飲み下した。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこには巨大なシロクマがいた。
シロクマは、大きな口を開けて、僕の頭蓋骨を、かみ砕いた。
終わり