第9話『からかいの代償』高梨 航平
好きって言えない。
だから、からかう。
「うわ〜また三崎さん、今日も人気者だな〜。推し活してんの?」
休み時間。教室がちょっと静まったときに、
高梨航平は軽口を投げた。
トーンはあくまで冗談。“笑い”のカテゴリに収める言い方だった。
周囲が笑う。
ヒロイン――三崎いろはも「え〜なんで〜」と笑って返す。
それで空気が和むなら、それでいい。
……そう思っていた。はずだった。
けど、心の奥で引っかかる。
(なんで俺、ああいう言い方しかできないんだ)
別に嫌いじゃない。むしろ、たぶん――いや、間違いなく好きだ。
でも、それを認めてしまったら、急に“普通の自分”が崩れる気がして怖かった。
だから、笑いにしてる。からかってごまかす。
それがバレないように、“いつも通りの男子”を演じている。
「高梨ってさ、なんか三崎さんにだけ絡み方えぐない? 好きなん?」
「……ねーよ!」
即答した自分の声が、やけに大きくて。
その瞬間、近くにいた三崎がこちらを見た。
視線がぶつかった。
彼女は、すぐに視線を外した。
何も言わなかったけれど――“何かに気づいていた”気がした。
夕方、教室に残って忘れ物を取りに来た。
誰もいない教室は、昼のざわめきが嘘みたいに静かだった。
自分の席に戻り、机に頬をつけた。
どっと疲れが押し寄せてくる。
(なんで、あんなこと言っちゃったんだろ)
からかったあと、いろはが一瞬だけ固まった表情が、脳裏に焼き付いている。
たぶん、あれは“笑ってるように見せてただけ”だった。
本当に、笑ってくれていたわけじゃなかった。
どうして素直になれないんだろう。
ただ、「今日も可愛いね」って言えたら、どれだけ楽だろう。
でも、それが言えたら。
たぶん自分は“自分”じゃなくなる気がした。
好きって、なんか、怖い。
正直になることが、いちばん怖い。
だから俺は、また笑ってしまうんだ。
そうやって、好きな子を遠ざけてしまう。
誰かに気づいてほしいとは、思っていない。
でも――
いろはに、だけは気づかれたくなかった。
「ふつうのクラスメイト」として見てくれるなら、それでよかった。
だけど、今はもう、わからない。
「俺、最低かも」
そう思って、笑ったふりをした。
誰もいない教室で――少しだけ、泣いた。
想いを隠すのも、勇気です。
次回は、もっと別の視点から。