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第8話『親友という呪文』岸 あゆみ

いろはの“親友”であること。

それは、ちょっと怖い感情。

「いろは〜! おはよー!」


 朝、昇降口で手を振ると、三崎いろはがすぐに気づいて笑ってくれる。

 その瞬間、岸あゆみの心には、“安心”と“微かな焦り”が同時に生まれる。


 あの子は、いつだって誰かに囲まれている。

 誰にでも優しくて、明るくて、ちょっと天然で、だけどしっかりしてる。


 その隣に立っているのが“親友”の自分であることに、

 誇らしさと息苦しさを、同時に感じていた。


「いろはってさ、やっぱ天才だよね〜人たらしの」


 あゆみが冗談っぽく言うと、周囲が笑う。

 いろはも笑って、「なにそれ、褒めてる?」と返す。


 軽いやりとり。

 だけど、あゆみの胸の奥には、ほんの小さな波紋が広がっていた。


 (……ねえ、私のこと、本当に“親友”って思ってる?)


 言えるわけがなかった。

 だって、自分から壊すのがいちばん怖いから。


 中学時代、一度だけグループから浮いた時期があった。

 原因は些細な行き違い。けれど、周囲の無関心が怖かった。


 そのとき救ってくれたのが、三崎いろはだった。

「一緒にいよ」って、何気なく隣に座ってくれたあの瞬間を、今でも覚えてる。


 だからこそ、あゆみは思う。


 (私は、あのときの恩を返してるだけ)

 (“親友”っていうのは、借りを返す立場なんだ)


 放課後、いろはと一緒に帰ろうとしたときのこと。

 廊下で、羽山真尋がノートを抱えて歩いてくるのが見えた。

 すれ違いざまに、いろはがふっと笑った。

 ただそれだけのことなのに――あゆみの胸がチクリとした。


「ねえ、羽山くんってさ、いろはのこと気になってる感じするよね〜?」

 そう言ったら、いろはは首を傾げた。


「え、そう? わかんないよ〜」

 そう言って、無邪気に笑った。


 その笑顔が、どこか怖かった。

 (この子は、自分がどれだけ人を惹きつけるか、きっと気づいてる)

 そう思ってしまった自分が、いちばん嫌だった。


 私は、あの子に憧れている。

 同時に、あの子をちょっとだけ、怖いと思っている。

 目が合うだけで、救われたように思える。

 でも、ふとした仕草で、自分が“代わり”なのかと思えてしまう。


「親友だから」

 その言葉は、魔法だ。

 それを唱える限り、自分の感情に嘘をつける。


「いろはってさ、やっぱすごいよね」


 そう言ったあゆみに、いろはは笑って「なにそれ急に」と返した。

 あゆみも、笑って返した。


 ほんの少しだけ、目の奥が熱かった。


 “親友だから”という呪文は、

 本当の気持ちを封じるには、あまりにも優しすぎた。









親友って、なんでしょう。

心の距離を、考えてしまいますね。

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