第4話『つよがりの演技』神谷 碧
頑張ってるように見える、その裏側で。
クラス委員の彼の、誰にも言えないこと。
「じゃあ、ホームルーム委員、立候補いなければ……神谷くんお願いできる?」
言われた瞬間、まわりの視線が集まるのがわかった。
神谷碧は笑顔を作って「はい」と答えた。
返事のタイミングは、誰よりも自然だったと思う。
(まただな)
去年もそうだった。中学でも、小学校でも。
「しっかりしてる」「頼れる」「真面目そう」――そういうラベルが貼られるたび、
もうそれ以外の選択肢がないような気がしていた。
係の仕事は嫌いじゃない。
けれど「期待される顔」をつくるのは、少しだけ疲れる。
クラスの子に話しかけられたときも、ちゃんと笑う。
先生が褒めてくれたときも、「いえいえ」と手を振って謙遜する。
そうするのが、一番丸く収まると知っているから。
誰かとぶつかるのが怖い。
「できない」と言ったときに、失望されるのが怖い。
(僕の“いい子”は、僕を守る盾だ)
放課後、配布プリントを届けに行く途中、羽山とすれ違った。
彼は廊下の窓から空を見ていた。何を考えているかわからない、無表情な顔。
「神谷くん、委員またやるんだって? 偉いね」
言葉に、皮肉も嫌味もなかった。ただの観察のように聞こえた。
「……まあ、慣れてるからね」
自分の声が、少しだけ硬いことに気づいた。
羽山は、にこりともせずに言った。
「無理はしない方がいいよ」
その一言が、どうしてか胸の奥をチクリと刺した。
夜、自室。
神谷碧は机に向かって、クラスの提出物一覧をまとめていた。
Googleフォーム、印刷物、先生の伝達事項、掲示板の予定。
誰かがやらなければならない仕事。
自分がやった方が早いし、正確だ。それは事実だ。
けれど、ふと手が止まった。
疲れていた。目が乾いていた。
画面の光が、やけに冷たく感じられた。
(どうして僕が、いつも“やる側”なんだろう)
そう思った瞬間、自分でも驚くほど涙が出た。
それは泣くほどのことじゃないはずなのに、止められなかった。
たぶん僕は、
「怒られない子」でいることで、好かれようとしてる。
頼られるのは嫌いじゃない。褒められるのも、うれしい。
でも、僕のなかには、
ちゃんとできなかった自分を誰かに見られるのが怖い子どもがいる。
(委員やるね)
(しっかりしてるよね)
(さすが)
そう言われるたび、うなずきながら、どこかで息を詰めていた。
翌朝、教室に入った瞬間、誰かが「おはよう神谷くん」と言った。
笑顔で「おはよう」と返す。
昨日のことは顔に出さない。
プリントも、仕事も、いつも通りに進める。
だけど――ふと、昨日の羽山の言葉が胸に引っかかっていた。
「無理はしない方がいいよ」
あれは、なんだったんだろう。
あの子は、どうしてそんなことを言ったんだろう。
誰にもバレないように、笑った。
それが今日の、僕の“ちゃんとした”顔だ。
誰にだって、背負ってるものがある。
静かな涙に気づいてあげてください。