第34話『いつか咲く、紫陽花』2年5組
終業式、最後のホームルーム。
それぞれの想いが、静かにこの教室に咲いていく。
3月の午後。
陽が少しだけ傾きはじめた教室に、
最後のホームルームの空気が流れ込んでいた。
通知表はすでに配られていた。
いろはは手元の紙を見つめながら、
“本当に、今日で終わるんだ”と、ようやく実感する。
三枝先生は、珍しく“何も言わなかった”。
通知表を配って、それきり。
「今日は、解散の仕方は任せる。好きにしていい」
そう言って、職員室へ戻っていった。
誰かが笑った。
誰かが泣いた。
誰かは何も言わずに机を拭いた。
その全部が、このクラスらしさだった。
羽山といろはは、離れた席で静かに立ち上がる。
ふたりの間に言葉はない。
でも、視線がすれ違ったとき、小さく会釈だけが交わされた。
「……あのとき、黙ってごめん」
「私も、ちょっとだけ怖かったよ」
「なんだよ、やっと言うのかよー」
「遅いっつーの」
そんな言葉たちが、
ぽつ、ぽつ、と咲いていった。
いろはは、自分の席の引き出しを開ける。
中は空っぽだった。
でも、便箋のことを思い出して、少しだけ笑った。
羽山は教室の時計を見上げた。
もうすぐ、この教室の時間が終わる。
「このクラス、完璧じゃなかった。でも、それでよかった」
誰が書いたかはわからない。
けれど、それは誰もが
“どこかで思っていたこと”だった。
教室のドアが開く音。
振り返ると、三枝が戻ってきた。
彼はその言葉を見て、何も言わなかった。
ただ、ゆっくりとチョークを持ち、
一行だけ――書き足した。
「いつか咲くよ、毒のあとにも」
この教室は、完全じゃなかった。
だけどきっと、“優しさになれる嘘”であふれていた。
嘘のような日々も、確かに残っていました。
終わりの中にある“ことばにならない想い”に、ありがとう。




