第3話『からかいという防衛線』今井 直哉
茶化しと本音の境界線。
親友って、簡単な言葉じゃない。
「おはよ、真尋様。今日も安定のモブ臭ですな」
教室に入ってすぐ、いつも通りのノリで声をかける。
羽山は「うるせぇ」とだけ返して、荷物を机に置いた。
こういうやり取り、もう何回目だろう。
中学の頃から変わらない。
特別仲が良いってほどじゃないけど、“クラスに馴染むための最適距離”が保てる相手だった。
俺がボケて、あいつが軽く返す。
その流れが、たぶん心地よかった。
1時間目のプリント配布のときだった。
三崎いろは――あの“陽キャの華”が、羽山に話しかけてた。
プリントを渡して、一瞬、笑った。
それだけのシーン。たぶん誰も気にしてない。
でも、俺は見てた。
羽山の耳が、ちょっとだけ赤くなってたのを。
声のトーンが、わずかに揺れたのを。
(あいつ……ちょっと、気にしてんのか?)
そんなの、茶化すしかないじゃん。
「おいおい、まひろくん、三崎さんと仲良しじゃん?」
「は?」
「いやいや、見てたぞ。あの“俺、モブだけどちゃんと女子としゃべれます感”」
「……うるさい」
あいつはちょっとだけ眉をしかめたけど、怒ってるわけじゃない。
こうやって、ちょっといじるのが“俺たちの関係”だった。
でも――なんだろう。
その反応が、いつもと少し違う気がして。
茶化したこっちが、ちょっとだけ傷ついた。
放課後、俺は羽山とコンビニに寄った。
部活は入ってない。バイトもない。帰る理由がない者同士、たまにこうして時間を潰す。
いつもは何気ない会話が続く。くだらない動画の話とか、昼メシがどうとか。
でもその日は、なんか違った。
「三崎さん、目立つよな」
ふと、羽山がそう言った。
なんでもない口調。
でも、そのあとに続いた言葉が、少しだけ俺を黙らせた。
「……よく笑うよな。あれ、ちょっと疲れそう」
思わず、返しに詰まった。
羽山の声が、どこか優しすぎて。
からかう隙間が、なかった。
ああ、そうか。
こいつは、ちゃんと見てるんだ。
三崎いろはのことも。
クラスの雰囲気も。
そして――俺のことも、きっと。
でも、俺は見られたくない。
だって、本当の俺なんて、何もないから。
勉強も普通、顔も普通、運動も中の中。
ツッコミと軽口で、やっと人に覚えてもらえてるだけ。
真尋みたいに、誰かの言葉にちゃんと反応できるわけでも、
誰かの仕草を見逃さない繊細さを持ってるわけでもない。
だから俺は、茶化す。
本音を笑いに変えることで、自分を守ってる。
それが、俺の“防衛線”だ。
帰り道、羽山は紫陽花の苗を見て、ふと立ち止まった。
「……まだ、咲いてねえな」
そう言ったあと、何も言わずに歩き出した。
その背中に、俺は言葉をかけられなかった。
でも、なんだろう。
あのときの彼の横顔は――
なんか、ちょっと、ずるいなって思った。
俺は、笑いながら――ほんの少しだけ、羨ましかった。
ふざけてるだけじゃ、伝わらない。
彼もまた、不器用な一人です。