表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/35

第2話『あいさつの嘘』三崎 いろは

みんなに笑うあの子の、本当の気持ち。

これは、誰にも見えない仮面の話。

「よし」


 鏡の前で、三崎いろはは笑顔を作る。

 口角を上げる。目元も少しだけ細める。

 “今日の私は、明るくて優しい人気者”――いつもどおりのパターンだ。


 着替えもメイクも完璧。LINEの返信もOK。スタンプを多めに入れておいた。

 去年のクラスでは「誰とでも話せる子」で通していた。

 今年も、たぶん同じでいい。


「みんなに好かれてれば、楽だし」


 そう呟いたとき、ちょっとだけ喉がつまった。

 でも、気にしない。

 今は、ちゃんと“ヒロイン”の役を演じないといけないから。


 新しいクラス。顔ぶれはそこそこ見知った人たち。

 すぐに輪ができて、雑談が始まって、いろははその中心にいた。

 話す内容なんて、去年と似たようなものだ。春休み何してたとか、先生誰かとか。

 そこに自分の声を乗せる。テンポよく。ちょっと笑いも入れて。


「いろはってさー、ほんとコミュ力オバケだよね」

「えー、やめてよー。そんなんじゃないよー」

 (ほら、こういうの)


 でも、ふとした拍子に、会話から気持ちが離れるときがある。


 ……なに話してたっけ。

 ……笑ってるけど、本当はちょっと疲れてる。


 そんなとき、後ろの席でぼんやりと窓を見ている男子がいた。

 名前は……羽山くん。たしか去年、あんまり目立たないタイプだった気がする。


 (あの子……今日も、何考えてるかわかんない顔してる)


 担任の先生に頼まれて、プリントの束を配る係をやることになった。

 (たぶん私がやるのが、いちばん“角が立たない”から)


「羽山くん、だっけ? これ、配ってって先生が」


 そう言ったとき、彼が一瞬きょとんとしたのが印象に残った。

 その顔、ちょっとおかしくて、笑ってしまった。


「……三崎さん、だよね?」


 意外だった。名前を覚えてくれていたことが、じゃなくて――

 “あ、ちゃんと見てるんだ、この人”って思った。

 その目は、私の演技をすこしだけ見透かしているような、そんな気がして。


 その日の放課後。

 誰かと帰る流れを、なんとなく断って、一人きりで教室に残った。


 カバンに手をかけて、でも立ち上がらない。

 窓から見える校庭は、まだ明るかった。春の空気は乾いていて、少し冷たい。


 (別に……何があったってわけじゃないけど)


 疲れたのかもしれない。

 笑い疲れた、のかも。

 言いたいことが言えなかったとか、そういうんじゃない。

 でも、“言わなかったこと”が少しだけ胸に残っている気がした。


 気づけば、窓の外に目をやっていた。

 校舎の片隅に、紫陽花の苗が咲きかけていた。


 (まだ咲くには早いのに)


 風に揺れていたその青みがかったつぼみが、どうしてか、目に焼きついた。


 視線を感じて振り返ると、教室の隅に羽山くんがいた。

 いつからいたのかわからない。

 でも彼も、紫陽花を見ていたようだった。


 私と目が合ったその瞬間、彼はすっと視線を外した。

 気まずさも、照れも、たぶんない。

 それがちょっとだけ、面白かった。


 私は、笑った。

 声をかけるわけでもなく、軽く微笑んで、ただ目を合わせた。


 羽山くんは何も言わずに、そのまま教室を出ていった。


 (あの子、なんなんだろう)


 なんでもなさそうな顔をして、教室に溶け込んで。

 でも――ちょっとだけ、他の人と違って見えた。


 無関心に見えるのに、やけに人の言葉や視線に敏感そうで。

 空気を読まないようにして、逆に一番読んでるような目をしてた。


 私の笑顔も、あの子には“嘘”に見えたかもしれない。


 でも、それなら――ちょっとだけ悔しい。


 あの子、ちょっと変な子だ。

 でも――なんか、嫌いじゃないかも。

彼女の笑顔の裏にあるもの。

少しだけ、見えましたか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ