7食事事情
翌朝
俺はまだ薄暗い中、ギルばぁさんとの約束を果たすため裏庭の射場へと向かった。そこには既にギルばぁさんが待っており彼女の姿勢はまるで一本の矢のように凛としていた。
「遅いよ。訓練において時間厳守は基本中の基本さね」
「すみません。ギルばぁさん」
「まぁいいさ」
得物を出しなと促される。
「まずは構えだね。左足を前に肩幅を開けな」
体の重心はやや前にと指示を出された。ギルばぁさんはダメなところは杖で叩いて俺に教える。
踏み込みを入れるときサクッと草の感触がリアルに足の裏に伝わってくるな。地面の微かな傾斜さえ再現されているんだ。
「いい感じだね。次は矢をつがえてみな」
目の前に現れた半透明のディスプレイがゆっくりと手順を示す。俺は右手で矢を取り、弦にかけた。指先にはわずかな抵抗と重みがある。
「三本指で弦を引く。中指、人差し指、薬指」
えーと人差し指は…
「肘は高く、肩を落としな」
弦を引く動作を繰り返すたび筋肉が張り、胸に空気が満ちていくことが分かる。俺はそれに驚きながらも身体が少しずつ動きに慣れていくのを感じた。
「そのまま矢の先が的と一直線になったとき…ゆっくり離すんだ」
その合図が聞こえた瞬間に手を放した。すると、矢は風を裂いて一直線に飛んだ。数十メートル先の的に突き刺さる音が鼓膜にリアルに響いたのだ。
「悪くない」
(全然違う。最初に弓を引いたときより可動域が伸びて弓が引きやすくなった)
ただ会社に出勤して生活していた時と違う。
「…変われる」
そう思うと俺は背筋が自然と伸びた。
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「明日も同じ時間に来な」
そう言いギルばぁさんは去っていった。
「はぁはぁ」
キツい。俺は汗を拭いながら深呼吸をする。
ギルばぁさんの指導は反復だ。いつどんな時でも弓を弾けるようになるよう教えられた。魔物に会った時、怖くて動けないんなんてないよう体に覚えさせるんだとか。
「お疲れだな」
「伊吹さん!」
俺が訓練場で座って休憩をしていると伊吹さんが姿を現した。
「ほれっ」
突然、伊吹さんの手元にペットボトルが現れたと思うとそれを俺に渡してくる。
「…?」
「水だよ」
水分補給がいらない存在でも飲めば、気分転換になるだろうと勧めてもらった。こういう嗜好品はちらほらこの世界にあるがそうだ。
だけど、あまり需要はないと断言される。
仮想世界では食事の心配がないから誰も彼も取らないらしい。だから料理人も少ないから普通の飯をずいぶんと食べていないと少し悲しそうだった。
「…現実でも食事を取っていないんですか?」と思わず聞いてしまった。
「エネルギーパックなら取ってるぞ」
ルギドのご飯は無味無臭のエネルギーパックが主に主食だ。昔あった大戦などで植物や動物がほとんど絶滅した時期があったらしく、食問題が起き、食文化など言っている暇がなくなったらしい。
まぁ大戦が終わった今は、動物や植物の細胞のクローンなどの詰め合わせた栄養素抜群、ご飯の時間を短縮できるエネルギーパックが開発され食には困らなくなったらしいがこれがなんとも味気ないと溢していた。
そして先代の知恵である料理のレシピは途絶えた現在。伊吹さんは一度でいいから普通の食事とやらをしてみたいそうだ。
「作りましょうか?」
なぜか俺はそう伊吹さんに提案していた。異世界の材料が地球の者と同じかまだ判断はできないけど俺も習慣化している食事を取らないことになんか違和感を感じるのだ。
「…料理出来るのか?」
「スーパーで売っている総菜を買ってお腹を満たすこともありましたが、料理も地元で10年くらいはしてきましたよ」
そのことを聞いた伊吹さんはクランマスターに俺の外出許可を取り、俺をクランの転送装置がある部屋に連れてきた。
伊吹さんの他にもお目付け役として暇をしていたChapさんも着いて来てくれることとなったが…どこに行くのだろう?
転送装置がある部屋には円形の水晶玉みたいなものがが静かに輝いている。伊吹さんが装置の制御パネルに手をかざすと目的地の座標が入力された。
「はぐれないようにパティーを組んでおくか」
味方の体力や居場所が表示される便利な機能らしい。
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伊吹・カレットからパティー申請が来ています。
応じますか?
ーはい
ーいいえ
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俺は、はいを押す。すると、伊吹さんとChapさんのHPと状態が見られるようになっていた。
「産業エリアへワープするぞ」
水晶が淡い青色の光を放ち始めたと思ったら視界が一瞬白く染まり、重力が消失したような浮遊感が全身を包み込んだ。
そして俺達は瞬きの間に多くの露店がある場所にいた。
「ここは産業エリアだ。食材を手に入れるには最適な場所だろう」伊吹さんが周囲を見渡しながら言った。Chapさんも興味深そうに辺りを見回している。