98 ノワールの特殊魔法
「薬の話をしに来たんだったな」
不毛なノリツッコミを終わらせるかのようにグースに言われ、「そうよ」と相槌を打った。
「脱線して悪かった。ルクリアの名前が出たから、ついな」
「気にしないでいいわ。知っておいた方がよかったような気がするからね」
「ポプルスは話さないだろうから、他にも知りたいことがあったら聞いてくれ」
「そうする」
グースが朗らかだった笑みを消し、真剣な面持ちを向けてきた。
私もグースから視線を外さない。
「薬だよな。俺としては、ノワールの提案を受け入れようと思う。国を大きくしたいとかの野心があるわけじゃないが、財源になるものは必要だ。他国と交易ができるし、魔女と親密だと牽制できる。願ったり叶ったりだ」
「ありがとう」
「ただ薬は卸してほしい。作り方を知りたくない」
「どうして?」
「寝返られたら困るし、独占しようと攻められたら大変だからな」
「分かったわ。その場合、販売価格の1割を貰うってことでいい?」
「もちろんだ。もっと渡すぞ」
「じゃあ、2割にしましょう。そのうちアピオスに作ってもらうようにするから、支払いはアピオスにしてね」
「優しい魔女だな」
「アピオスには危険が付き纏うことになるのに、どこがよ」
グースに鼻で笑われるが、無視することにした。
何を返しても「またまたー。恥ずかしがちゃって」と言われそうな気がしたからだ。
いや、グースはポプルスじゃないから茶化さないか。
「取り引きしない国には、『そちらの魔女が、強欲の魔女を嫌っているため難しい。薬が欲しいのなら、そちらの魔女に作ってもらえばいい』みたいに返しておいて。文句があれば私にくるわ」
「きてほしいの間違いだろ」
「そうよ。怒ってボロを出してほしいの」
「無茶はするなよ」
「魔女に心配は無用よ」
絶対に納得していないと分かる口調で「そうだな」と返され、ジト目を向けると、グースは軽く肩をすくめた。
本当にポプルスといいグースといい、魔女に対しての認識が普通の女の子すぎる。
きっと見た目が美少女すぎるせいだろう。
私だって、シャホルさんやアスワドさんを小さな子供のように思ってしまうことがあるもんな。
「薬、持ってきた分は置いていくわね。後、グースにかかっている魔法は解除しておくわ」
「カーラーの魔法か? 解けるのか?」
「それは試してみるだけ。ただもう1つの方は消せるわよ」
グースの視線が斜め下まで落ちていき、指先が首に巻いている黒い布を触った。
「正解。死んだら魂をネーロさんに回収される魔法よ」
「……ポプルスの首には、もう残っていないのか?」
「消したくないって言われたから残しているわ。死んだら私のところに魂がくるようにしているけどね」
「なるほど。それなら構わない。俺が死んだらノワールにやる」
「はいはい。死んだ時は頂くわ」
グースに向かって手を翳すと、グースは背筋を伸ばして姿勢を整えた。
「『サキテシ』」
先に解析をしたのは、間違いなく私が思っている魔法がかかっているかどうか調べるためだ。
淡く青色に光ったグースの周りに、2個の魔法式が浮かび上がる。
自身の周りに浮かび上がった魔法式を、グースはまじまじと眺めている。
魔女の特殊魔法も、きちんと魔法式で現れてよかった。
奴隷紋の魔法式は一度消して私の名前でかけ直せばいいけど、カーラーさんの特殊魔法がなぁ。
消すことができないのよね。
名前の書き換えが可能なら、しておく方がいいか。
シーニーに迎えに来てもらえばいいんだし。
「はじめるわね」
「ああ、頼む」
まずは奴隷紋を消した。
魔法式はもう覚えているので、すぐにネーロの文字の部分をノワールに変えた魔法をかけ直す。
「なるほどな。これが魔法にかかっている感覚か」
「分かるの?」
「今、連続で体験したからな。少しだけ違和感があった」
「へー。もしかしたらグースも魔法使えるかもね」
「いいな、それ。俺も使えるなら使いたいからな」
「色々落ち着いたら考えてみるわ」
「前向きに頼む」
小さく微笑み合い、次にカーラーさんの特殊魔法が『サキヂロ』で消せるのかどうか試してみる。
これで消せるのなら、名前の書き換えをしなくて済む。
楽できるなら楽したい。
そんな軽い考えで試みたが、案の定……
「やっぱり無理か」
「消せない魔法もあるんだな」
「まあね」
特殊魔法について話して魔女に詳しくなられたとしても、絶対的な力の差があるから問題はない。
ただそこまで丁寧に話さなくていいかと、説明しなかっただけだ。
決して面倒くさくなったからじゃない。
またあの倦怠感を味わわないといけないのか、しんど。
ん? でもさ、特殊魔法には特殊魔法で対抗できないのかな?
ノワールの特殊魔法は『欲しい能力を奪う魔法』。
能力という大きな括りの中に魔法が入っているのなら、グースにかかっている魔法を奪うことができる。
でも、普通に考えて奪えるのは、かかっている魔法じゃなくて術者本人の技術だと思うんだよね。
なぜ曖昧にしか理解していないのかというと、ノワールが自身の特殊魔法を使ったのは、390年生きてきた中でたった1度だけだからだ。
それも、使うようにお願いをされて、“嫌々”使用した1回のみなのだ。
だから、実際はどこまで奪えるのか定かではない。
試してみるしかないかと、グースの横に座り直した。
突然近づいた私にグースの眉がピクッと動いたが、今は静かに全てを受け入れてくれるようだ。
私は何も説明せず、指先を風の魔法で切り、血をグースの手のひらに擦り付けた。
そして、擦り付けた血の上から手のひらを吸った。
魔女の特殊魔法には、通常の発動呪文は使用しない。
カーラーさんが自らの体を使う必要があるように、ノワールは自らの血を媒体として、血の上から吸い付く必要がある。
吸う場所は、血が塗ってあればどこからでも問題ない。
吸い終わると、息を詰めていたグースと視線がぶつかった。
「ノワール、何を……今のは魔法なのか?」
「私しか使えない魔法よ。これで消せたらいいんだけど」
『サキテシ』で確かめると、グースの体の周りに浮かんだのは奴隷紋の魔法式のみ。
ということは、かけられた魔法でも問題なく奪えるということが実証された。
喜ばしいことだが、少し有能すぎる気がする。
ま、いっか。
ノワールが天才無敵だってことだもんね。
だから、難しく考える必要ない。ラッキーでいいや。
「私に命は握られているけど、これで一応グースは自由よ」
「そうか、感謝する」
グースはわざわざ立ち上がり、深く腰を折ってきた。
グースらしいと目元を緩めてしまう。
「いらないわよ」
「そう言うな。物事のありがたみが分からず、お礼を伝えられない人物が国王なんて、その国は腐っていくだけになってしまうだろ」
照れ隠しじゃない。
至極真面目にそう伝えられて、本当にいい人選だなと思った。
「それと、これは可能ならでいいんだが、次来た時にでもクインスとタクサスの奴隷紋も変更してくれないか。信用できる者は側に置いておきたい」
「分かったわ。薬を大量に作って持ってくるわ」
「助かる。こっちもクインスたちと外交の話を詰めておくよ」
話したいこと、やっておきたいことを終わらせたので、グースと悪巧みの共犯になる握手を交わし、窓から飛び去った。
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