91 土竜のベルデ
数分も経たずに、グリューンが湖の中から顔を覗かせた。
「どうだった?」
「どこも怪しいと思いませんでした」
グリューンからは「本当にどうして調べさせられたんだろうか?」という思いがありありと醸し出されていて、嘘を吐いているようには見えない。
「アスワドさん、グリューンと湖に魔法がかかっていないか調べてもいいですか?」
一応おうかがいと立てとかないとね。
「勝手なことしないで」と怒られる心配はしてないけど、「先に言いなさいよ」って拗ねられる可能性はあるからね。
「いいわよ」
「ありがとうございます」
何か見つかりますようにと願いながら、まずはグリューンに向けて『サキテシ』を心の中で唱える。
グリューンが青色に淡く光ったので、魔術は成功した。
だが、魔法式は浮かび上がらなかった。
グリューンに魔法はかけられていないということになる。
次に、湖を調べてみる。
ノワールの魔法の色を灯した湖は神秘的な光を放つが、こちらも魔法式を表示させない。
となると、ベルデへの手がかりは、ブラウたちの「ここに異物がある」という言葉以外無くなってしまう。
「ねぇ、ブラウ・パラン・ランちゃん。湖の中に入ったらどこに異物があるか分かる? もちろん私も中に入るし、結界を張るわ」
「入ってみないことには分かりませんわぁ」
「やってみるッス!」
「楽しそうやないの」
「決まりね。みんなで入りましょう」
1匹ずつに結界を施し、はしゃいでいる3匹と中に入ろうとした。
「私も行くわよ」
と、アスワドさんも探索することになったので、自ずとパッチャとグリューンも伴うことになった。
自身に結界魔法をかけるアスワドさんを待ってから、湖の中に入り、水中でも歩くように移動をする。
「たぶん下ッス!」
どんどんと潜っていく3匹を追いかけ、光りが届きづらくなってくると魔法で辺りを照らした。
「気配が強くなってきたやないの」
「もう少しで分かりそうですわぁ」
3匹は確信に近いものがあるらしく、迷いもせず、一目散に下りていく。
そして、地底に到着すると、造像の根本を指した。
「あそこですわぁ」
「異物の中にいるッス」
「間違いないやないの」
うん、みんなありがとうね。
でもね、考えてみたら像が浮かぶわけないから台座があるのは当たり前なんだけど、こんなに深くまで太い柱で支えているなんて思わないじゃない。
驚き桃の木二十世紀だわ。
しかも、それ以上にびっくり仰天なのはさ、みんなが指している場所に何もないことだよ。
ベルデはいないし、大きな石とかもない。
本当に柱しか見えない。
冗談はよしこちゃんなわけよ。
「あなたたち、ふざけているの?」
ほら、怒られた。
ブラウたちはキョトンとしているから、どうして睨まれているのか分からないんだろうな。
「ねぇ、みんな。私には異物もベルデも見えないんだけど、そこにいるの?」
「私たちにも見えていませんわよぉ」
「でもいるやないの」
「調べれば分かるッス」
「え? パラン!?」
柱の根本目がけて駆け出したパランは、すぐに見えない何かにぶつかった。
砂埃が水中に漂っているので、相当勢いがあったはずだ。
「何を……」と戸惑いかけたが、パランの捨て身のおかげでパランが柱まで走られなかったこと、砂埃が漂っていない空間があることがハッキリと見えた。
それは、ぶつかったパランが1番分かったようで嬉しそうに「いたッス」とジャンプしていて、ブラウとランちゃんは喜びの舞のようなものを踊っている。
「結界?」
手を突き出した状態で歩き、境目を探す。
パランが弾かれただろう所で、ちょうど手が何かに触れた。
ペチペチ叩いても、コンコンとノックしても、遮るものがあるだけで中の様子は窺えない。
『サキテシ』で本当に結界かどうかを調べてみるかと考えた時、水の流れを感じた。
横でアスワドさんが力一杯拳を打ち付けたらしく、淡く緑色に光っているアスワドさんの拳の周りにも、拳の軌道にも渦が生まれている。
ちょっ、まって……
突っ込むよりも早く体を殴られたような水圧を浴び、湖の水は飛び散った。
そして、上空に逃げた水は前が見えないほどの雨となって降り注ぎ、海と繋がっているところからは立っていられないほどの勢いで水が雪崩れ込んでくる。
遠い目をしながら心の中で『サメチラス』と唱え、1番弱い守るためだけの結界をドーム型に生成した。
腰まで水に浸っているが視界は良好になり、全員の無事を確認できた。
結界に激しくぶつかっていた雨音が聞こえたのも一瞬で、結界の外は水族館みたいに水で満たされている。
ブラウたちは激流が楽しかったようで、3匹集まってキャイキャイしている。
ただ1つ問題は、大きな体を縮こめらせ、ひどく怯えている土竜だ。
中が見えない結界に閉じ込められていたベルデを助けられたのは、喜ばしい。
でも、そんな雰囲気じゃない。
やっと見つかったのだから駆け寄り抱きしめ合うのかと思いきや、実際は殺伐としている。
「ベルデ」
「ひっ! ころころさないでください」
「何を言っているの?」
「こここんなところに捨てたうえ、殺しにくるなんてひどいです」
「私がそんなことするはずないでしょ!」
「ででは、どうしてずっと放置されたんですか? ずっとずっと『助けて』と叫んでました。でも、誰も来てくれませんでした」
「あなたの居場所が分からなかったのよ!」
「う嘘です。時々グリューンが通っていました。あれは監視だったのでしょう?」
「待ってください、ベルデ! 私は本当に何も見えなかったし聞こえなかったんです!」
アスワドさんと同じようにグリューンも訴えるが、ベルデは悲しそうに目尻を下げ、聞きたくないというように手で耳を隠している。
「ベルデ、アスワドしゃまやグリューンが言った通りでしゅ。みんなで一生懸命探ちたでしゅよ。やっと見ちゅけられたでしゅよ」
パッチャが柔らかく声をかけても、ベルデは緩く首を横に振ってどの言葉も受け入れようとしない。
「べル――
大声で名前を呼ぼうとしているアスワドさんを止めるため、アスワドさんの肩に手を置いた。
許可なく触れたら怒られるかもしれないが、疑心暗鬼で震えているベルデに威圧を感じさせるのは関係修復のためにはよくない。
それに、声を上げることでスッキリするのなら、ベルデじゃなくて私にぶつけたらいい。
それくらいなら屁でもないから、全部受け止めるよ。
だから、心が苦しくなってしまう魔女と眷属が仲違いする姿を、これ以上見せてほしくない。
「アスワドさん、先に屋敷に戻りましょう。こんな深い水の底じゃなく、明るい庭でゆっくりと話しましょう」
「……そうね」
怒鳴られる覚悟だったが、アスワドさんは唇を噛み俯いてしまった。
アスワドさんの肩に置いていた手でアスワドさんの背中を撫でてから、全員を覆う結界に変えて地上を目指す。
陸に上がってからは、動けそうにないベルデに浮遊魔法をかけ、一緒に連れ帰ったのだった。
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