90 遺物じゃなくて異物
朝食が終わる頃にブラウたちが帰ってきた。
のんびりと報告を聞こうと思っていたのに、シャホルさんに「昼食までに解決して戻ってこい」と屋敷から放り出されたので、仕方なく森の中を彷徨い歩くことにした。
お供に森を調べてきたブラウ・パラン・ランちゃんがいるのは分かるが、何故かアスワドさんとパッチャも一緒なのだ。
「私の森との違いは、何か分かったの?」
アスワドさんの前では尋ねにくいと思ったが、聞かないことには解決策を見つけられない。
違いを調べさせるということは、きっとそこに答えがあるのだろうから。
「そうですわねぇ。大きな違いですと、アスワド様の森には花が咲いていないことでしょうかぁ」
「後、果物も実ってないッス」
「虫と魔物も少ないやないの」
うん、そっか。
でもね、私からしたら「で? それがなに?」なのよ。
だってさ、それらって魔力を吸い取られている影響なんじゃないの?
パッチャを眠らせていた原因の魔法は消したし、これから樹にかかっている魔法も無効にするから、森は蘇るんじゃないの?
「それと、サブズとキャーオに会いましたけどぉ、おかしいんですのよぉ」
「何が?」
アスワドさんも気になったのだろう。
睨むようにブラウを見ている。
「異物があったスヨ」
「でも、あの2匹は『分からない』って答えたやないの」
遺物じゃないくて異物?
遺物なら遥か昔からのなんかこう神聖なものって感じがしてありそうだけどって、ものすっごくアホっぽい感想だったわ。
シャホルさんやアスワドさんにバカって言われる理由は、私のせいね。
融合したのが私ですまん!
「異物ってなに? どうして分かったの?」
「ここはアスワド様の森ですわぁ」
「そうッス。アスワド様以外の魔力があるのは、おかしいッス」
「しかも、生物の気配も感じるやないの。ベルデかもやないの」
要するに、もう森は魔力のそのものってことね。
魔力が分かる眼鏡がもしあったら、私の森は青色で、この森は緑色に見えるってことか。
「どこ! どこにあるの!?」
焦燥に駆られたように、アスワドさんが会話に加わってきた。
パッチャはオロオロしている。
「像がある湖の中ッス」
「海と繋がっているところやないの」
「でも、調べようにも誰も潜れませんのぉ。シーニーがいれば見てもらえましたのにぃ」
みんな泳げるけど潜れないもんね。
ランちゃんに至っては、浮いているみたいなもんだし。
それは仕方ないよ。
ってことは、サブズとキャーオも無理なのか。
まぁ、犬と猫だしね。
「水の中なら、どうして……」
考えるように俯きかけたアスワドさんに、パッチャが声をかける。
「湖に行きましょう、アスワドしゃま」
「はい、行きましょう。アスワドさん。でも、先に樹にかかっている魔法を解除させてください」
「そうね。もし本当にベルデがいるのなら、ベルデにも魔法がかけられているかもね。ノワール、特別に消させてあげるわ」
はいはい。一瞬だから消してあげるよ。
ってかさ、海と繋がっている湖ならグリューンは分からなかったのかな?
アスワドさんのさっき反応、私と同じこと考えたからだよね?
もうさ、アスワドさんの眷属、全員調べた方がいいような気がしてきたよ。
そんなことを考えているうちに問題の樹に到着し、さくっと魔法を無効化した。
パッチャからの魔力の供給がなくなかったからだろう。
数秒待っても魔法が再構築されることはなく、切り株はボロボロと粉々に崩れ、根を張っていた地面に砂のように積もった。
念のため、その砂山をもう一度「サキテシ」で調べてみても魔法式は浮かび上がらなかった。
これで、森の腐敗を完全に止められた。
後は自ずと蘇ってくれることを願うしかない。
不可思議な森だから、また緑豊かになるじゃないだろうかと思っている。
もしかしたらアスワドさんが何らかの対策を練るかもしれないが、それはもう私の範囲外のことなので問うこともしなかった。
そして、道のりで話し合った通り、ベルデがいると思われる湖に到着した。
湖の形は丸く、海と繋がる部分は豪華客船が通れるくらい広い。
湖の真ん中には、アスワドさんらしき魔女とパッチャたちらしき眷属が集まっている像が鎮座している。
湖と陸との境目は全て砂浜だったので、「湖というよりも海じゃないの?」と感想が浮かんだ。
「ベルデ、いるなら出てきなさい!」
アスワドさんが大声を上げると、波紋1つなかった湖に波が起こった。
ん? 呼び寄せができた?
でも、こんなに時間かかる?
腕を組んで湖を睨んでいるアスワドさん同様に、ベルデが出てくるのを待つ。
しかし現れたのは、ため息を吐きながら陸に上がってきたマーメイドのグリューンだった。
「もう怒ってないといいなぁ」
下半身は数日前に見た尾ではなく、2本の人間の足になっていて、しっかりと歩いている。
長い髪が靡いているので、きっと風魔法で乾かしながら進んでいるのだろう。
「グリューン!!!」
鼓膜が破れると思うほどのアスワドさんの大声にグリューンは横転し、真っ青にした顔を忙しなく動かしてから、ようやくこちらに視線を定めた。
「アアアスワド様! すすすすすみませんっ!」
ゆっくりと近づいてくるアスワドさんに恐れをなしているグリューンは、尻餅をついているのにも関らず、たじろぎながら後退ろうとしている。
だけど、全く動けていなくて、浅瀬の水をパチャパチャと跳ねさせているだけだ。
「あなた、ここにベルデがいることを隠していたわね!」
「異物の予想がベルデなだけやないの」
正しく訂正しようとするランちゃんの口を手で隠し、もう片方で手で「しっ」と口元で人差し指を立てた。
3匹の曇りない眼と瞳を合わせてから、何度も瞬きをしているグリューンに視線を走らせる。
「な、なんのことでしょうか?」
「しらばっくれてんじゃないわよ! 湖の中にベルデがいるんでしょ!」
「へ? ベルデ? 中に?」
素っ頓狂な声を上げるグリューンによりイライラが募ったのか、アスワドさんが握りしめた拳をグリューンに向かって振り下ろそうとした。
「まままってください! ベルデを見ていません!」
風を切る音が聞こえたアスワドさんの拳は、グリューンの鼻先スレスレで止まった。
固く閉じていた瞳を恐る恐る開けたグリューンは、離れていく拳に泣きそうな顔で体から力を抜いている。
「嘘じゃないわよね?」
「嘘じゃありません! あいつは水が嫌いじゃないですか!」
グリューンが殴られなかったのはよかったけど、その怒りがこっちに向いているのは嫌だなぁ。
アスワドさんの吊り上がった瞳はナイフのようだよ。
視線でズタズタに切り刻まれる。
恐いから、ここはパッチャに話しかけよう。
「ねぇ、パッチャ。パッチャはベルデを感じないの?」
「感じないでしゅ」
しゅんと頭を下げるパッチャに、「気にしないで」と優しく伝える。
眷属たちは、仕えている魔女と同志たちの位置を把握できる。
だからアスワドさんは、飛べるクローロンにベルデを探すよう命じたのだと思う。
サブズとキャーオも、森を巡回しているのにベルデに気づいていない。
そもそもブラウたちが分かった異物が、パッチャたちに分からないことが問題なのだ。
アスワドさんの顔を見ないように、視線をグリューンに移動させた。
「グリューン、悪いんだけど一度湖の中を隅から隅で見てもらえない? 気になるところやおかしな点がないか調べてほしいのよ」
「構いませんが、本当にベルデを見たことはありませんよ」
「ブラウたちがこの湖がおかしいと感じているのよ。もしかしたら、ベルデに繋がる何かがあるかもしれないでしょ」
「分かりました。一周してきます」
空高く跳んだグリューンが湖に飛び込む時には、足は魚の尾になっていた。
水飛沫も音もなく、水滴が落ちたくらいの穏やかな波紋だけが広がっていく。
「ノワール」
声、低いなぁ。
でも、すぐに喧嘩腰でこられなくてよかったよ。
少しは仲良くなれたってことだよね、たぶん。
有り難いと思っておこう。
「はい」
「あなたは何か感じるの?」
「いいえ、全くです。でも、私は私の眷属を信じていますから」
自信満々に言い切ると、ブラウは肩に止まってきて、パランは足元で跳ねていて、ランちゃんはパランの背中でニヤニヤしている。
3匹の反応が可愛くで、私の頬も緩んでしまう。
「シャホルさんに怒られた理由が、よく分かったわ」
ボソッと呟かれアスワドさんに顔を向けると、アスワドさんは後悔が滲むような面持ちをしていた。
でも、瞳は強く輝いていて、パッチャの体を撫でている手は優しい。
ノワールは口に出さなかっただけで、眷属たちを大切に思っていたし家族として認識していた。
感謝と愛を眷属たちに向けていた。
私と混ざってからは、気持ちを行動で示すようになったし、一緒にいる時間が増えた。
2匹まだ会えていないけど、会えた時は思いっきり抱きしめようと考えている。
シャホルさんに関しても、シャホルさんとルーフスの仲は唯一無二のように感じる。
いつもルーフスしか連れていないが、きっと他の眷属とも仲がいいのだろう。
そんな気がする。
もしかしたら、森が豊かになるかどうかの基準は、魔女と眷属たちの間柄が重要なんじゃないだろうか。
もしくは、間柄というより眷属たちの気持ちが反映しているという可能性もある。
だから、シャホルさんは今の状況に対してアスワドさんを叱ったのかもしれない。
全て仮説だが、ブラウたちと一緒に屋敷を追い出されたという事実から、かなりいい線の読みじゃないかと思う。
シーニーが一緒じゃないのは、ご飯やおやつを作らせるためなんだろう。
このシーニーに対しての予想だけは、絶対に当たっていると思う。
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