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8 気まぐれ

かなりの疲労が溜まっていたのか、ケナフは翌朝になっても起きなかった。


「うーん、ご飯を食べてほしいんだけどなぁ。でも、食欲より睡眠が勝っているのを邪魔するのもなぁ」


ケナフの寝顔を眺めながら喋るが、その声にも全く反応がない。

心配になるほど、ぐっすりと眠っている。


「ま、いっか。今のうちに妹ちゃんを迎えに行ってくるわ」


「あ、あの、ノワール様、おうかがいしたいことが……」


シーニーが、指をもじもじさせながら遠慮がちに声をかけてきた。


「なに?」


「人族の子供を、どうして助けるのでしょうか?」


シーニーの疑問は尤もだ。

ノワールは、親切な魔女じゃない。

欲しい物のために残虐なことをしたこともある。


実は、魔女たちのおかげで人族、魔族、ドワーフやエルフなどの亜人族、魔物等のバランスが保たれるようになった。

異種族同士の争いが過激になり、魔女が介入をして力づくで止めさせたのだ。


善意溢れる話のように聞こえるが、これは世界の憂いを払うためではなく、自分たちが面倒事に巻き込まれたくなかったからだった。

後、欲しいものが手に入りづらくなってしまった憤りからでもある。


大きな戦争がなくなった今もなお、国同士の小競り合いや人種差別があることを知っていて止めないのは、自分たちには被害がないからだ。


魔女に善良の心があるわけじゃない。

自分のためにしか動かないのだ。


「理由なんてないよ」


本当に、ただ目に止まっただけ。

助けてあげようとか、幸せにしてあげようとか、仕えさせようとか考えてやったことじゃない。

純粋に衝動的なものだった。


可哀想だなと思ったが、全ての奴隷を助けるとか差別をなくすとかをしたいわけじゃない。

できる力はあるけれど、私は尻込みしているし、ノワールは僅かな興味すら持っていない。

そのうち感情も綺麗に混ざるだろうが、こんな気持ちが混ざったところでこの件に関して動かないだろう。


「強いて言うなら、気まぐれかな」


うん、しっくりくる。

助けても助けなくてもいいけど、ちょっと気になったから手を伸ばしただけ。

ただそれだけ。


「分かりました」


「私の世話で忙しいのに、この子のお世話もお願いしてごめんね」


「いいえ! 私はノワール様のお力になれるなら、本当に嬉しいです! 何でも言ってください!」


「うん、ありがとう。シーニーには頼ってばかりだね」


シーニーは驚いた顔で「頼って……」と呟き、バッと勢いよく俯いた。

両手で顔を隠して「そんな、そんな」と恥ずかしそうにしている姿が、何とも愛らしい。


シーニーの頭を撫でてから、ランちゃんが教えてくれた情報の屋敷に向かって、魔法で空を飛んでいく。


戻る前にケナフが起きたらパン粥でも食べさせてあげてほしいと、シーニーに伝えている。

「ノワール様は病気に罹られませんのでお披露目できませんでしたが、看病の仕方は心得ています」とシーニーは胸を張っていた。

うん、優しいシーニーに任せておけば大丈夫だろう。


問題は、妹の方だ。

ランちゃんの情報だと、リアトリス王国の公爵家にいるらしい。

そして、1日中裸で過ごしているそうだ。


それを聞いた時に嫌な予感がしたが、想像は当たらずも遠く外れてはいなかった。


少女は公爵家当主の男性とその息子、2人のおもちゃらしく、好きな時に体を触られ舐められている。

ただ最後まではされていないそうだ。

7歳らしいが体が小さく、最後まですると壊してしまうかもしれないと心配していて、10歳まで待っているとのこと。


「きもいわー。ないわー」と溢したら、「今から毒で殺すやないの、ご主人」と言われたので、「それはいい」と伝えている。


簡単に殺せるが、言いがかりをつけられたら面倒臭い。

黙らせることもできるが、穏便に済ませられるのなら済ませたい。

少女の心は傷だらけだと分かるが、だからと言って殺人を犯すつもりはない。


どんなにクソ相手でも誰かを殺すなんて恐怖すぎるし、最強の一角であるノワールだって今まで誰も殺していない。

大義名分があっても、獣に堕ちるようなことはしたくない。


「あ、この屋敷ね。下品な紫色の屋根の家。2階の南側の1室」


お目当ての部屋を見つけ、窺うように中を覗くと、虚な瞳で微動だにしない5歳くらいの小さな女の子がいた。


自分の顔が歪んだのが分かり、「笑え」と両手で頬を軽く叩いた。

自分が笑って安心させてあげないといけないのだから。


王城の謁見室に入った時と同じように、窓を割って中に入る。

それでも動かない少女の前に降り立ち、顔を合わせるためにしゃがんだ。


「こんにちは」


返事はないし、ピクリとも動かない。


「あなたのお兄さんのお願いで助けに来たの」


「……ぉ、にぃ、ちゃ?」


ゆっくりと焦点を合わせるように、少女は私を見てきた。

瞳だけだが、やっと動いた。


「そう、ケナフお兄ちゃん。あなたはどうしたい? ここから出たい?」


「……おに、ぃちゃに、ぁぃ、たい」


「うん、分かった。一緒に行こう」


立ち上がり、少女の脇に手を入れて抱き上げた。

ケナフのようにガリガリではないが、軽すぎる体にびっくりする。

強張ってしまった少女の背中を柔らかく叩いて、「大丈夫、大丈夫」と優しく繰り返した。




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