表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/125

88 カッシアの孤独

いつもよりも少し高い体温に「ポプルスってば朝から熱でも……ん? でも、固くない? 小さくなった?」とボーッとしながら目を開けると、茹で蛸になっているアピオスの顔が目の前にあった。

どうやら抱き枕にしてしまっていたようで、私の腕の中にガッチリと捕らえている。

昨日ベッドに運んだ時は並んで眠ったはずなのにと、欠伸をしながら起き上がった。


「おはよう、アピオス」


「おおおはようございます……ぼぼぼく、寝てしまって……」


汗をかいていそうなほど真っ赤っかになって、吃りながら体を起こしたアピオスはシーツを握りしめている。


「抱きしめちゃってごめんね。息苦しくなかった?」


「だ、大丈夫です!」


昨日のキスもだけど、動揺して可愛いなぁ。


「今度はカッシアと3人で寝ましょうね」


「はい。カッシアも喜ぶとおもっい、ま……す……」


急に顔のパーツを真ん中に寄せるほど、ひどく皺を刻んだアピオスの肩を掴む。


「アピオス!?」


返事ができそうにないアピオスの背中を摩って、側にいるからという意思表示をする。

声は届きそうにないから、触って存在を伝える。


数秒後、アピオスの体から力が抜けた。

たった数秒だったが、それでも辛そうに歪んだ顔を見るのは胸が痛かった。


「アピオス、大丈夫?」


「はい……聞こえなくなったので大丈夫です……」


「そう。昨日よりもはっきり聞こえたから、今あんなに苦しんだとかなの?」


「聞こえたというより昨日よりも強く感じました。でも、時間は短くなったと思います」


「どういうこと?」


「ここに着いた時は、なんとなく聞こえてくるような感じで時間が長かったんです。でも、すぐに聞こえなくなって。その後は、空耳かなって思うような声が聞こえはじめたんです」


「そうなのね。時間によって違うのね」


私には一切聞こえないんだけど、何が原因なんだろう?

ここまで苦しめられているんだから、呪いの類なら調べなくても気づけそうなんだけどな。


「最近カッシアが時々笑い声や歌が聞こえるって言っていたから、カッシアに聞いてみたんです。でも、そんな声は聞こえないって言われました」


「カッシアも何か聞こえ――


ドンドンドンと部屋のドアを叩かれ、扉が開く音と共に「お姉ちゃん!」とカッシアの声が響いた。


「お姉ちゃん! お兄ちゃんがいないの!」


泣きながら駆けてきたカッシアは、ベッドの上で座っている私とアピオスを見て固まった。


「い、た……うわーん! いたー! おにいちゃーん!」


口を大きく開けて泣き叫んだカッシアは、両手でスカートを握りしめている。


「おにーちゃーんのばかー! 1人でどっか行かないでよー!」


ベッドから勢いよく降りたアピオスは、飛びつくようにカッシアを抱きしめた。

「ごめん、お兄ちゃんが悪かった、ごめん」という呟きが聞こえ、カッシアの両手がアピオスを離すまいとアピオスの背中の服を掴んでいる。


アピオス同様、カッシアもまた孤独や不安と戦っているのだろうと、ありありと目の前で見せつけられ胸が締め付けられる思いだった。


本当に小さな子供だった2人には、重くて苦くて辛すぎる過去だ。

父親がオレアに目を付けられなかったら、家族4人で幸せに暮らしていたことだろう。


自分が親代わりになってあげると約束すれば、多少なりとも憂いを拭ってあげられるかもしれない。

親になったことがないから全てが手探りになるが、シーニーたちがいれば新しい家族の形を作れると思う。

それに、昨日アピオスに伝えたようにすでに「家族」のような感覚はある。


でも、どうしたって自分は魔女なのだ。

生活に困ることはないだろうが、豊かになることもない。

ずっと変わらない毎日を過ごすだけになる。

人生に色が加わるような出会いは訪れない。


2人と同じ速度で生きてはいけないのだから、2人には2人の道を進んでもらった方がいい。

ただ別れる時に、「どうしようもなくなったら、ここに帰ってきていいよ」と伝えてあげよう。

2人が助けを求められる場所であり続けようと思った。


ドアを叩く音か、カッシアの泣き叫んだ声が聞こえたのだろう。

ポプルスが「どうしたの?」と心配気に顔を覗かせた。

そして、抱きしめ合っている2人を見て、両手で器用に2人の頭を撫でた後、柔らかく抱き寄せている。


私も一緒にあやそうとベッドから降りた時、ハタと気づいた。

どうしてカッシアはシャホルさんに助けを求めなかったのか……と。


シャホルさんは、アピオスたちの行動を制限したりしていない。

だから、昨日アピオスが部屋を出ることを止めなかったことは納得できる。

今日もアピオスを探して部屋を飛び出すカッシアを見送ったとしよう。

おかしなことじゃない。


ただ、どうしてカッシアは目の前の魔女よりも私に助けを求めて来たのだろうか?

私の方が長い時間を共にしているから?

それとも、シャホルさんが私のところに行くように言ったのだろうか?


どうして……という疑問が次から次へと浮かぶ中、「シャホルさん」という言葉に引っかかった。


そうだ! あの話!

シーニーに改めて書庫を調べてもらったけど、シャホルさんが話した内容の本は屋敷になかった。

とすると、何かの意図や思惑があって2人に伝えた可能性が高い。

それに、2人の状況……これって……


ピースはまだ足らないが、ようやく仮説を立てることはできた。

ネーロさんの屋敷を調べることができれば、足りないピースが見つかり、答えが導き出せそうな気がする。


「でも、先にこの森の問題を解決して、一泡吹かせてやらないとね」と、アピオスとカッシアの目線になるように腰を落とし、2人の背中に手を添えた。




リアクション・ブックマーク登録・読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ