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86 アピオスと不安

シャホルさんの機嫌を気遣うために、シーニーにはアスワドさんの屋敷の食材を使い切る勢いで料理を、ブラウとランちゃんには街へ食材の買い出しをお願いした。

パランには、「シャホルちゃんじゃん」とシャホルさんの登場に驚いたポプルス・アピオス・カッシアの側にいてもらっている。

私もシャホルさんの近くに控え、カッシアが旅行での思い出を楽しそうに話している姿に、シャホルさんの機嫌が悪くならないようにと祈っていた。


そして、次から次へと出来上がってくるシーニーの料理をシャホルさんが堪能し尽くし終わったのは夜で、またベッドに潜り込んできたポプルスと眠ろうとした時、ドアが控えめにノックされた。


「アスワドちゃんが起きたのかな?」


みんなが寝る時間になっても起きてこなかったアスワドさんが心配で、適当に決めた宿泊部屋に来る前に様子を見に行っている。

いつの間にかパッチャがアスワドさんの腕に巻きついていて、アスワドさんは穏やかな面持ちで眠っていた。


「アスワドさんがノックするわけないでしょ」


もしかしたらグリューンが帰ってきたのかも? と考えながら扉を開けたら、泣きそうな顔をしたアピオスが自分で自分の手を握りしめた状態で立っていた。


「アピオス、どうしたの? 眠れない?」


「ノワール様……あの、その……」


「とりあえず部屋に入って。座って話しましょう」


唇を噛み締めながら頷くアピオスに、心の中で首を傾げる。


アピオスは今日の朝まで元気だったのに、シャホルさんと一緒にみんなと合流したあたりから元気がない。

カッシアがシャホルさんに旅行話をしていた時も、上の空で生返事していることが多かった。


初めての旅行ではしゃぎすぎて疲れてしまったのかと思っていたのだが、まだ眠れていないことや今辛そうな雰囲気を纏っていることから、疲労じゃなく何かに思い悩んでいるのかもと考えを改めた。


「ん? アピオスじゃん」


「ぁ、先生……その、えっと……」


「アピオス、ポプルスが邪魔なら出て行かせるから大丈夫よ」


「そんな言い方をしなくても、俺は眠たくて話に混ざれそうにないから、シーニーがいる隣の部屋で寝るよ」


「あ、でも、僕……」


ベッドから降りてきたポプルスは、笑顔でアピオスの頭を撫でた。


「ノワールちゃんは夜型だから、眠くなるまで話に付き合ってくれるよ。俺は参加できなくてごめんね。もう本当に眠くって」


言いながら欠伸をしたポプルスは、目尻の涙を指で拭いながら「おやすみ」と部屋を出て行った。


ポプルスはどこからどう見ても眠そうだったが、きっと演技だろう。

ポプルスもアピオスの様子がおかしいと思い、「ノワールちゃんに相談に来たのなら」と席を外したんじゃないかと予想できる。

軽くてチャラくて我が儘で甘えたで泣き虫だけど、雰囲気を読むことも誰かを優しさで包み込むこともできる男だから。


ドアを見ながら困ったようにオロオロしているアピオスの背中に手を添えて、笑顔を見せた。


「こうやってアピオスと2人で話すことなかったわね。いっぱい話しましょ」


アピオスをソファに座るように促し、シーニーが事前に用意してくれていた水をコップに移し替える。

2個のコップを机に置いて、アピオスの隣に腰かけた。

アピオスは、手を膝の上で握りしめて俯いている。

まずは喋りやすい話題の方がいいか、と考えて口を開いた。


「アピオス、旅行どうだった? 楽しかった?」


「はい」


シャホルさんがアピオスとカッシアと一緒に寝るって言ったから、3人は同じ部屋のはず。

もし当初の部屋割りと変わったら、シーニーが報告に来るものね。

だとしたら、アピオスが部屋から出ることをシャホルさんが気づかないわけがない。

わざと部屋から出したことになる。


「半年後の2回目の旅行は、どこに行きたい?」


「みんなで行けるなら、どこでも嬉しいです」


さっきからちょっと苦しそうなのよね。

朝は元気だったし、アスワドさんの森を楽しみにしているようだった。

私が離れている間に何かあったとか?

でも、それならシーニーが教えてくれるはず。


「アピオス、体調が悪いの? どこか痛いとか?」


疲労からくる熱かもしれないと思い、アピオスのおでこに手を当てた。

温かいが熱があるような温度ではない。


「その、あの……」


「どうしたの? 何でも言っていいのよ」


心配で覗き込むように顔を合わせると、アピオスの瞳が潤んでいた。

「やっぱり熱!? 風邪でも引いた?」と慌てかけたが、アピオスに手を掴まれて冷静さが戻ってくる。

アピオスの手は震えているが、熱くはない。


「何か不安なことでもあるの?」


「あの、その……僕は変でしょうか?」


予想もしていなかった質問に目を点にした後、小さく笑った。

笑われたことに戸惑っているアピオスを抱き寄せ、背中を柔らかく撫でる。


「どうしてそんなことを思うの? あり得なさすぎて笑っちゃったじゃない。アピオスやカッシアほど優しくて可愛い子に会ったことないわよ」


縋り付くように服を握りしめてくるアピオスの背中を撫で続ける。


もしかして、知らない内に街で「気持ち悪い」とか言われていたのかもと怒りが湧いてくる。

でも、今はアピオスを宥めるのが先だ。

明日の朝起きたら、シーニーたちに何かあったのかどうか調べてもらおう。


「本当ですか?」


「本当よ。私、アピオスもカッシアも大好きだもの」


「ぼ、ぼくが、変な声が聞こえてもですか?」


変な声? どういうこと?


「だから、何だっていうの? 聞こえていても聞こえていなくてもアピオスはアピオスじゃない。好きなことに変わりないわ」


「ぼく、この声が怖くて……」


「どんな声がするの?」


「何を言ってるのか、分からないんですけど……泣いているような、でもうめいているようにも感じるし……痛そうで苦しそうで悲しそうで……聞こえているからか、僕、苦しくて……」


泣き出しただろうアピオスの涙を拭うために、体を離した。

案の定、アピオスはしんどそうに顔を歪ませながら涙を流している。

パジャマの袖で涙を拭きながら、空いている方の手で手を繋いだ。




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