83 クソババアと若作りババア
屋敷に到着すると、ちょうど昼食にぴったりの時間だった。
なので、先にお昼ご飯を済ませてから話し合いをすることにした。
シーニー特製のトトマソースの海鮮パタースは、アルデンテ食感で全員が「美味しい」と喜ぶ仕上がりだった。
食後のデザートにプリンリンを味わってから、パランたちにポプルスたちをお願いし、アスワドさんと2人で別室に移動した。
シーニーは、飲み物を用意したら退出している。
毎日アスワドさんの首で眠っていたパッチャは自室で休息中なのか、屋敷に戻ってきてからは見ていない。
「アスワドさん、衝撃なことを伝えますが信じてください。そして、怒って屋敷を壊さないでください」
「しないわよ。わたしの家をわたしが壊すわけないでしょ」
本当に? みんなを瓦礫に埋もれさせるとかやめてよ。
ポプルスたちは死んじゃう可能性高いんだからね。
真っ直ぐにアスワドさんを見過ぎたのか睨み返されたので、誤魔化すように咳払いをして紅茶を一口飲んだ。
「何か分かったのよね?」
「はい。魔法がかけられていました」
肘掛けを使って頬杖をついていたアスワドさんが、ゆっくりと体を起こし、目を皿にしながら見てくる。
「切り株にかけられていた魔法は、森の力をネーロさんに移動させる魔法でした。一度消してみたのですが、対になる魔法がどこかにあるようで復活しました。それと、ネーロさんがかけられたという森が枯れるのをくい止める魔法ですが、100年という期限をはじめから設けていたようです。この魔法は新たに私がかけ直しましたので、とりあえず侵食は落ち着きます」
アスワドさんは、一言も突っかかってこず固まったままだ。
「アスワドさん。対になる魔法が、どこにあるか見当がついたりしますか?」
「え? あ、そうね」
気が抜けたような返事をするアスワドさんに、今度は私が瞳を瞬かせる。
事前に怒らないでほしいとは伝えたが、アスワドさんの性格上確実に声を荒らげ、この部屋くらいは壊してもおかしくないと思っていた。
そうなってもいいように、いつでもこの部屋を包むような結界を張れるようにしていた。
でも、アスワドさんは魂が抜け落ちた抜け殻のように感情さえもどこかに行ってしまっている。
もし何億パターンと予想できていたとしても、絶対に思いつかなかっただろう反応に、今が現実かどうか分からなくなりそうだった。
「ふっ、ふふふ、はっ、ははははは! あー、ははははははは!」
わずかに自嘲気味な笑い声が聞こえたかと思ったら、アスワドさんは突然狂ったように笑い出した。
椅子から立ち上がり、天井を見上げながら高笑いし出したのだ。
漫画やゲームで魔王がわざと笑っているシーンとよく似ていて、この部屋から出ていきたくなった私は遠い目を窓の外に向けた。
「はっはははははは!」
どこまで笑い続けるんだろうと静かに笑い終わるのを待っていると、事切れたように笑い声はピタリと止まり、重力に負けたようにアスワドさんはドカッと椅子に身を預けた。
アスワドさんから吐き出された大きなため息には憤りしか感じない。
「あのクソババア」
同意見だけど、まだ何も言わないよ。
発した瞬間、八つ当たりで攻撃されそうだからね。
名前を呼ばれるまでは、私は空気に徹するのよ。
「殺してやる」
そうよね。
それくらい怒ってもおかしくないと思う。
私は知らなかったけど、ネーロさんは確実に魔女の森が力の源だと分かっていて、力を奪っていたはずだから。
でも、どうしてアスワドさんが選ばれたんだろう?
「ノワール」
ああ、呼ばれてしまった。
八つ当たりされませんように。
「はい、何でしょう」
「あなた、パッチャを見て、何も感じなかった?」
「パッチャですか? いつも眠っているなぁくらいしか」
「ああ、そうね。魔女会議の時は退屈だから眠っていることの方が多かったわね」
「退屈だと眠ってしまうんですか?」
「というより、動いていないと寝ているわ。だから、パッチャの異変にはじめは気づかなかったのよ」
悲しそうに目尻を下げるアスワドさんを抱きしめたくなったが、対面で座っているため叶わない。
だから、アスワドさんが胸の内を打ち明けやすいように、姿勢を正して真っ直ぐにアスワドさんを見やった。
どんな話でも受け止めると示せていたらいいと思いながら。
「眠っている時間が長くなって、起こそうとしても反応が返ってこなくて、ようやくパッチャがおかしいと分かったの。そして、その頃には森の腐敗も進んでいたわ。何が原因か知りたくて、森の管理をしているベルデを呼んだわ。でも、今もなおベルデは姿を見せないの。だから、今はキャーオとサブズに見回りを命令して、森を管理してもらっているのよ。クローロンにはベルデの行方を探してもらっているわ」
アスワドさんの眷属のベルデとは、土竜のことだ。
残りの眷属は、猫のキャーオに犬のサブズ、トンボのクローロンになる。
「あなた、さっき対になる魔法の心当たりを聞いたでしょ」
「はい」
「わたしが思い当たるのは、ほとんどの時間眠っているパッチャと姿を消したベルデになるわ。キャーオとサブズの報告で、森の異常は腐っている以外ないから」
「分かりました。では、パッチャを調べさせてください」
「案内するわ」
立ち上がるアスワドさんに続いて、腰を上げた。
部屋を出るアスワドさんの斜め後ろを歩く。
「それにしても、あのクソババア。本当にムカつくわ。使えないように魔道具を回収してやろうかしら」
「魔道具? ネーロさんに何のかんけ……奴隷紋の魔道具ですか?」
「そうよ。わたしが助けたを求めた時、クソババアは交換条件に奴隷紋の魔道具を出させろって言ってきたのよ。屈辱を味わいながらお願いをしたのに、魔道具を出すだけでいいっていうことに拍子抜けしたのを覚えているわ。でも、わたしへの嫌がらせを楽しみたいのなら成功と言えるから、とても腹立たしかったのよね」
おかしいと思ったのよ。
ネーロさんの魔法式を許したんじゃなくて、交換条件で仕方なくだったのね。
納得だわ。
というか、これって奴隷紋の魔道具を作りたくて森を腐敗させたんじゃないの?
森から力を吸えるしで、一石二鳥だったこと?
そこまで考えて、事を起こしているってこと?
でも、アスワドさんがネーロさんを頼るなんて確証はない。
確信していたってことよね?
「アスワドさん、奴隷紋の魔道具の魔法式、確認しましたか?」
「してないわ。関わりたくなかったからっていうのもあるけど、ネーロさんにわたしの協力は必要ないと言われたのよ。だから、全てネーロさんが手ずから作ったものになるわ」
「そうなんですね。それと、どうして真っ先にネーロさんを頼ったんですか? 前に言っていた治癒魔法が必要だと思ったからですか?」
アスワドさんがピタッと立ち止まったので、私も足を止めた。
覗き込むようにアスワドさんを見ると、難しい顔をして何か考えている。
「……カーラーさんよ」
「え?」
「魔女会議でカーラーさんに、パッチャが寝過ぎで心配だから一度ネーロさんに診てもらったらって言われたのよ。魔女会議での場なら簡単に診てくれるだろうからって。その時は、パッチャは暇で寝ているだけだから余計なお世話だって怒ったわ。それでもあの女は、何かあったらネーロさんを頼れって言ったのよ。最古の魔女だし、ネーロさんの治癒魔法で治せないものはないはずだからって。きっとそれが頭に残ってたんだわ。だから、頼るならネーロさんだと思ったのよ」
いや、もうさ、ねぇ、これってカーラーさんも怪しくない?
パッチャの心配をするだけなら優しいんだなで終われるけど、念押ししてまでネーロさんを勧めるって変でしょ。
ネーロさんを頼るように誘導してるみたいじゃない。
「まさかあの若作りババア、ネーロさんの協力者なのかしら?」
若作りババアって……魔女は歳を重ねても老けないから、若作りではないんじゃないかなぁ。
「可能性としてはあると思います。ただネーロさんのように証拠はありませんから、カーラーさんの関与は絶対ではありません」
「ムカつくわね。一層のこと、見つかっていない対になっている魔法に、カーラーさんだと分かる何かがあればいいとさえ思うわ」
「そうですね。でも、パッチャやベルデには何もされていないと願いたいです。治せるかどうか分かりませんから」
唇を噛んだアスワドさんは顔を逸らし、「そうね」と蚊の鳴くような声で呟いてから再び歩き出した。
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