82 許せない魔法
海でグリューンに襲われた後は何の事件もなく、みんなで旅行を楽しんだ。
海で釣りをしたり、貝殻や綺麗な石を浜辺で探したり、貝から真珠を取り出す体験をしたりと、普段できないことを積極的にし、その度にアピオスたちもだがシーニーたちも胸を躍らせていた。
もちろんアスワドさんも「初めてなの? 教えてあげるわ」と冷静なふりをしながらも口元が緩んでいた。
そして、私のベッドから起きてくるポプルスを毎朝見て心境に変化が起こったのか、最終日にはポプルスが話すことを許していた。
「話すなと言っても話してくるんだから、もういいわ」と、半ば諦めたかのように許可していたのだ。
「やったー! 嬉しい!」と喜んだポプルスが私に抱きついてきたので、軽く押して引き離している。
パッチャは、あの海以来一度も起きていない。
もしかしたら、枯れた森の影響を誰よりも先に受けたのがパッチャなのかもしれない。
時々、無意識にパッチャを撫でているアスワドさんを見て、そんなことを思ったのだった。
旅行が終わり、アスワドさんの案内でアスワドさんの屋敷に到着した。
ポプルスたち人間は屋敷でお留守番をしてもらい、シーニー・ブラウ・ランちゃんにはポプルスたちの側にいてもらっている。
というか、シーニーには夕食の準備をお願いしている。
アスワドさんの屋敷の料理番はグリューンらしいのだが、まだ帰ってきていなかったのだ。
「帰ってきたら、また殴らないとだわ」とアスワドさんは溢していた。
グリューンが憐れに思えたが、アスワドさんたちのことなので口に出していない。
枯れた森にはパランと来ている。
空から見てもはっきりと枯れている場所は確認でき、近くに降りるとおどろおどろしい腐り方に「こっちの方が魔女の森っぽい」という感想が浮かぶほどだった。
「ねぇ、パラン。これ、腐っているっていうの?」
「腐っているというより息をしてないぽいッス!」
ん? それって一緒じゃない? 違うの?
近くの木の枝を触ると、枝は崩れてしまい、ひとつまみの塩のようにパラパラと地面に落ちていく。
無くなった枝の部分を確認すると、表面だけではなく中も全て黒くなっている。
今度は木の実を指で突くと、枝と同じように割れてしまった。
木や実と言われるより、何かの黒い結晶だと言われた方がしっくりくる。
「最初の木は中心にあるんだったわよね」
「そう言ってたッス」
パランと高速移動の魔法で、黒くなった森の中を歩く。
すぐに枯れた森の中心だろう場所に到着し、真っ黒な宝石のような切り株に眉を顰めた。
首を傾げながら切り株を1周したパランが、切り株に勢いよく突っ込んでいく。
「パラン!?」
「痛いッスー」
「急にどうしたの?」
「これを壊せばいいような気がしたッスヨ」
だからって前触れもなく突撃したの?
怪我しなかったからいいけど、傷だらけになっていたらどうするのよ。
壊せなかったからだろう。
恥ずかしそうに笑うパランに小さく息を吐き出しながら、しゃがんでパランの背中を撫でる。
「気をつけてね」
「はいッス」
飛び跳ねるように頷くパランを柔らかく叩いてから立ち上がり、切り株の近くに寄った。
パランは、切り株の周りを走りながら観察している。
魔法じゃないと思うけど、一応調べておこっかな。
そんな風に軽く考えて『サキテシ』と切り株に向けて放った。
すぐに浮かび上がった魔法式を見て、眉間に深い皺を刻んでしまう。
「魔法ッス!」
「そうね。でも、これはネーロさんがかけた腐食をくい止める魔法ね」
「治癒魔法じゃないッスカ?」
「違うわ。100年だけ腐るのを止めていた魔法よ」
ってことは、腐りはじめたのもネーロさんが関わっているかもだわ。
じゃないと、きっちりかっちり100年広がりを止める魔法をかけるなんておかしいもの。
でも、腐る魔法はかかっていない。
この木じゃないとしたら、土?
今度は、切り株の根本の土に向かって『サキテシ』と唱えた。
でも、魔法式は浮かび上がらない。
「腐った原因は魔法じゃないのね」
「ボス。やっぱりこの木おかしいッスヨ」
パランが切り株に乗ろうとするが、結界に弾かれるように空中で見えない壁にぶつかっている。
それも、切り株の1センチ手前くらいでだ。
「何かに守られている?」
「はいッス。何かが邪魔するッス」
ん? もしかして、私の魔術がかかったのって、この膜にだったりする?
切り株には魔術が届いていないとか……
ってことは、この膜がネーロさんの魔法ってこと?
あれ? 待って。
どうして魔法が消えずに残ったままなの? おかしくない?
わざと残しているってことになるよね?
もう一度切り株に魔術をかけ、隅々まで魔法式を観察するが、特に気になる点は見当たらない。
ただ強いて言うのなら、これがネーロさんの魔法だと断言した理由の1つがおかしい部分だろう。
ネーロさんの魔法だと断言した理由。
1つは、魔法式が逆結界、中のものを外に出さないようにする魔法式だったこと。
ネーロさんもこの木が原因だと当たりをつけて、腐食の原因が広がらないよう中に閉じ込めたと予想できる。
そして、もう1つは、なぜか魔法式の最後にサインのようにネーロさんの名前があるからだ。
誰の魔力を使って魔法を起こすのかという意味では、名前は魔法になくてはならないものだ。
魔法の杖然り、ノワールの魔術だってノワールの名前が浮かぶ上がる。
でも、魔法はもう名前を必要としないほど馴染みすぎている。
ノワールでそうなのだから、ネーロさんに必要なわけがない。
これ、私の名前に書き換えたらどうなるんだろう?
って、書き換えは魔力がごっそり無くなるからダメだったわ。
自分の森や屋敷じゃない場所で魔力を無くすなんて自殺行為だものね。
うーん、じゃあ、試せるのって、ネーロさんの魔法を消して同じ魔法をかけてみるとかかな?
ずっと切り株の周りを走っているパランに声をかける。
「パラン、この魔法を消すわ。何が起こるか分からないから側にいて」
「分かったッス」
パランが足元に戻ってきたのを確認してから、『サキテシ』で浮かび上がったままにしている魔法式に『サキヂロ』をかける。
アピオスたちの奴隷紋を消した時と同じように、黒文字の魔法式が青く染まっていき、そして細かい粉が風に吹かれるように消えていく。
最後の1文字が消えた後、数秒待ってみたが森に変化は感じない。
「何も起こらないッス」
「そうね。本当にただ残していただけみたいね」
手を切り株に翳し、ネーロさんがかけていた魔法をかけようとして、はたと止まった。
逆結界の役割を果たしていた魔法が消えた今なら、切り株をきちんと調べられるんじゃないだろうか。
「『サキテシ』」
真っ黒な切り株がほのかに青く光り、魔法式が空中に表示された。
書かれている文字に自然と瞳が鋭くなってしまう。
「クズね」
「何の魔法ッスカ?」
「この森の力を吸い取る魔法ね」
「ひどいッス!」
「でも、この魔法だけじゃ完成しないみたい。もう1つどこかに媒体があるっぽいけど」
魔法式を睨みながら考えてみるが、アスワドさんの森のことが自分に分かるわけがないと早々に諦めた。
「もう1つはアスワドさんに聞きましょ。それより、この魔法を解除しないとね」
解除したらバレそうだけど、かまわないわ。
他人の森の力で自分の魔力の質を上げようなんて最低だもの。
私に解除されたって怒ればいいわ。
すぐに『サキヂロ』で魔法を消した。
のだが、モワモワとまた魔法式の文字が1文字ずつ形成されていく。
「は? なにこれ……」
「魔法が復活していくッス!」
「もしかして、もう1つの媒体から消さないといけないってこと? それとも2個同時とか……えー、あー、うん。くい止める魔法をかけて、アスワドさんに報告に行きましょ。これだけ分かれば今日は十分よ」
切り株にかけている『サキテシ』を解除し、新たに見たことがある魔法を反映させる『ノエーツ』の魔術を展開した。
ネーロさんの署名部分がきちんとノワールの名前に変わっているのを確認してから、パランとアスワドさんの屋敷に戻った。
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