7 ケナフのお願い
少年が運ばれた部屋に到着すると、ケナフという名の子供は身を縮めて床に正座していた。
お風呂に入ろうとしていたのが手に取るように分かるように、腰にはタオルが巻かれている。
そして、シーニーが説明してくれた通り、腕も肩も胸もお腹も、青や紫、赤や茶色と派手な色味になっている。
「え? ソファに座らないの? 床痛いでしょ?」
心配で声をかけただけなのに、ビクつくように体を震わせられた。
御伽話のような魔女が相手だものね。仕方ないか。
「私は廊下で待っていた方がいいでしょうか?」
シーニーに肩を落とされながら言われ、首を傾げる。
声も寂しそうだ。
「どうして?」
「私が怖いんだと思います。先ほどは叫ばれました。声は出ていませんでしたが」
そっか。魔女相手ってだけじゃないのか。
私はシーニーを可愛いと思うけど、この子からしたら魔物なのか。
でも、ノワールの記憶にあるその他大勢のゴブリンたちと比べると、ゴブリン界でシーニーはアイドル並みに顔が整っているんだけどなぁ。
性格も穏やかだしね。
「びっくりしちゃっただけでしょ。シーニーは優しいから大丈夫」
「……ありがとうございます」
はにかむように頬を赤らめるシーニーに、笑みが溢れる。
様子を窺っていただろうケナフから、唾を飲み込こんだような音が聞こえた。
「あのっおね、がいが、あります」
違う国の言葉を話しているかのように、たどたどしく話された。
怖がらせないように、できるだけ柔らかい声で答える。
「なに?」
「ぼっくの、ぃのちを、っわたします。ので、い、もぅとを、たすけ、てください。ぉねがいっします」
体力や気力がないからなのか、ゴトンと頭を床に落とし擦りつけるように土下座をされた。
見えた背中も、胸やお腹同様にカラフルだ。
「妹?」
「ぼっくと、い、っしょで、っうられました」
「どこにいるか分かる?」
頭を床につけたまま首を振られたため、摩擦の音だけが聞こえる。
「うーん……そうだなぁ」
売られたのかぁ。
ってことは、親に? それとも孤児院? もしくは養ってくれた人に?
いや、人攫いにあって売り飛ばされた可能性もある。
どれだとしても、トラウマものだわ。
「特徴はあるの?」
「ぼくっと、ぉなじっいろ、です。め、ずらし、て、いわ、いわれます」
色って言われても、汚れていて分かんないのよね。
前髪で目は見えていなかったし。
「じゃあ、先に怪我を治して、お風呂入ってからね」
平伏したまま器用に顔だけを上げられるが、顔のほとんどが髪の毛で隠れているので、どうして上げられたのか知りようがない。
ケナフに近づくため1歩踏み出すと、ケナフの体は一度大きく揺れ、そして小刻みに震えはじめた。
怖じ恐れられるのは仕方がない。
ノワールは、人間より遥かに長く生きている魔女なんだから。
正面では恐怖心が半端ないだろうと思い、ケナフの真横でしゃがんだ。
背中の少し上に手を翳し、『ニーロク』と唱える。
すると、浮かび上がったノワールの文字が青く光り、ケナフはその光りに共鳴するようにふわっと光った。
ほんの一瞬の出来事の後、ケナフの肌は煤汚れているだけになった。
「い、たくない?」
「シーニーがね、お風呂に入るとしみて痛そうだから治してあげてほしいってお願いにきたの。優しい子でしょ」
照れたようにもじもじするシーニーは、どこからどう見ても理性がない恐い魔物には見えない。
ケナフが深く息を吐き出したと思ったら、私がいる反対側に倒れた。
「ちょ、大丈夫!?」
慌てて覗き込み、顔色を確かめるために長い前髪を避ける。
さっきの息は、張り詰めていた緊張が解けた息だったんだろう。
ケナフは意識を手放している。
「今のうちにお風呂に入れておこっか」
「そうですね」
魔法で運ぼうとする前に、シーニーが軽々とケナフを持ち上げた。
備え付けの浴室に向かう後ろ姿を唖然と見送っていると、ブラウが肩に乗って頬擦りをしてきた。
「男の子の入浴だから任せておこっか」
ブラウの頭を撫でてから、ソファに座ってシーニーたちが出てくるのを待った。
ソファに体を預け目を閉じていると、眠ってしまいそうなる。
ドアが開いた音が聞こえ、半分眠っていた意識が浮上した。
欠伸をしながら見やると、入浴中に目を覚まさなかったようで、ケナフは見送った時と同じようにシーニーに担がれて出てきた。
そのままベッドに寝転がされるケナフを、ベッド脇まで移動しマジマジと見つめる。
金糸のような綺麗な金髪だわ。
ノワールの記憶に金髪の人物はいないから、この世界では確かに珍しい色なんだろうな。
というか、シーニーは髪の毛を切って整えてくれたのね。
優秀すぎて鼻高々になっちゃう。
「わざと綺麗な顔を隠していたのかしら?」
ボソッと呟くと、シーニーとブラウに同時に首を傾げられた。
痩せすぎていて頬がこけているけど、健康体になれば、さぞかしモデル並みに綺麗な顔になると分かるのに。
美の基準が違うんだろうか?
「ランちゃーん、いるー?」
天井に向かって声をかけると、ツツツっと天井から両手サイズの蜘蛛が糸にぶら下がりながら降りてきた。
「呼んだやないの、ご主人」
「お願いがあってね」
「なにやないの、ご主人」
「金の髪に金の瞳をした少女を探してほしいの」
記憶や王城で見た限り、この世界の人たちは髪と瞳の色が一緒、又は同じ系統の色の人ばっかりだったから、この子も妹もきっと両方金でしょ。
「任せてほしいやないの、ご主人」
真ん丸の青い瞳でウインクしたランちゃんは、ツツツッと糸を巻き上げて天井裏に消えていった。
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