78 大切な人たち
「アスワドさん、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「「ありがとうございました」」
「そうでしょ。わたしがいてよかったでしょ」
満足そうに胸を張るアスワドさんをホテル前で見送ろうとしたのに、アスワドさんは一向に帰る気配を見せない。
どうしようかと悩んでいると、怪訝そうな顔で睨まれた。
「なにしているのよ。早く部屋に行くわよ」
「え? 私たちが泊まる部屋にですか?」
「そうよ」
何をしに来るんだろうと思っていたが、まさかのまさかでアスワドさんも一緒に泊まることが夕食時に判明したのだ。
「食べ終わったらアピオスとポプルスからお風呂に入る?」
「ノワール、わたしからに決まっているわよね?」
「えっと、アスワドさんも泊まられるんですか?」
「当たり前でしょ」
そっかー。まぁ、いいんだけどね。
私は、アスワドさんにそこまで嫌われていないって分かって嬉しいよ。
うん、気を抜けないって凹むより、そういう喜びを見つけていこう。
「ノワールちゃん、俺とアピオスは最後でいいよ。シーニーやパランも一緒に入るだろうしね」
「はい」
「え? え?」
「入るっス!」
「そうね。じゃあ、1番はアスワドさんで、2番目に私とカッシアとブラウとランちゃんが入るわ」
「やった!」
「嬉しいですわぁ」
「泳ぐやないの、ご主人」
「でも、お風呂は2個あるから、ポプルスたちはポプルスたちで入ってくれていいわよ」
ん? ものすっごいアスワドさんに睨まれているような気がする。
私、何かやらかした?
つい融合する前の名残りで、はじめに「お風呂2個使う必要なくない?」って思ったのがダメだったのかな?
「ノワール」
「はい、なんでしょう」
「どうしてわたしが1人で入らないといけないの? 誰がわたしの世話をしてくれるの?」
ん? それは……そういうことね。
1人で入るのは寂しいのか。
素直に一緒に入りたいって言えないのね。
仕方ないな。誘ってあげよう。
「すみませんでした。私たちと一緒に入りましょう」
「そうよね。世話させてあげるわ」
最上階の一番広い部屋を予約して本当によかったと、心底思ったものだ。
ベッドは5つあるし、お風呂はシャワー室を合わせると4つある。
お金は払うんだし、贅沢に全部を使おうと心に決めたのだった。
アスワドさんとカッシアの髪を洗い、みんなで一緒に湯船に浸かり、ドライヤーは面倒くさいので風魔法で髪の毛を乾かした。
そして、一番大きなベッドをアスワドさんに譲り、明日に向けてそれぞれ眠ることにした。
ベッドの振り分けは、アスワドさん・アピオスとカッシア・ポプルス・ノワール・シーニーたちになっている。
「ノワールちゃん」
「ポプルス、なに?」
「一緒に寝よ」
「嫌よ。ゆっくり眠らせてよ」
「やらないよ。添い寝するだけ」
言いながらベッドに潜り込んでくるポプルスのおでこを叩いた。
音が鳴って周りを起こさないように柔らかく叩いたからか、叩かれたくせにおかしそうに笑いながら腕をまわしてくる。
「なんかさ、こういう日も幸せだね」
「こういう日?」
「屋敷での毎日も楽しいけど、旅先でしか経験できない日ってこと」
「そうね。幸せね」
目元を緩ませたポプルスが、触れるだけのキスをしてきた。
「そうだ。俺、時々殺されるかもって思うほどアスワドちゃんに睨まれたんだけど、何かしちゃってた? 一応、言われた通り話しかけないようにはしたんだけどな」
「アスワドさんは銀色が嫌いなのよ」
「ふーん、俺もこの色好きじゃないから話し合いそうなのに。残念」
「嫌いなの?」
え? ものすっごく自分に自信ありげなのに?
見た目がいいって分かってて、それを武器にしている感じあるのに?
「そりゃあね。俺、捨て子だったから両親の記憶ないんだ。気のいい老夫婦が育ててくれたの。その老夫婦がお医者さんでね。俺の師匠だよ。俺さ、この色だからずっと虐められてて、子供の時は女の子みたいだったから気持ち悪い奴らにも狙われてね。それなりに戦えるのは撃退してきたおかげだけどって、今は虐められていた話だったね」
半分眠っているのか、ぼんやりと話しているポプルスはどこか遠くを見ているような気がする。
「おじじに『見返したいのなら医者になって救ってやりなさい。そうすれば、嘘のようにみんな認めてくれます』って言われて、医学の勉強を始めたんだよ。思えば、他の仕事に就くにしても見た目で難しいと思ったんだろうね。でも、医師は個人でもできるからね。根気よく教えてくれたおじじのおかげで、俺は医師になれたんだ。で、腕を認められたというか、医師は貴重ってのもあって、偏見されても受け入れられるようになった。時間が経つにつれて虐めも少なくなったしね」
「その虐めって、綺麗だから恥ずかしくてや、好きだから相手してほしくてがありそうね」
「そうだね。今ならそうだったかもって思うよ。でも、昔はこの色を恨んだものだよ。俺もありふれた色だったらよかったのにって。ただこの色だから出会えた人たちもいたんだ。おじじとおばばもだけど、みんな温かい人たちだったよ」
「その人たちとは連絡を取っているの?」
「ううん、もうみんないないんだ」
「そう、会いたいよね。もう会えないって、本当に辛くて悲しいもの」
前の世界の家族や友人を思い出してしまい、少し声が落ち込んだのかもしれない。
もしかしたら、泣きそうな顔になっているポプルスにつられたのかもしれない。
「ノワールちゃんにも大切な人たちがいたんだね」
「そりゃね。もう二度と会えないけど、今も幸せを願っている人たちがいるわ」
「そっか。会いたいよね」
わずかに腕に力が入ったポプルスの背中を優しく撫でる。
「会いたいっていうより『私は今も幸せだ』って伝えたいわ。私が幸せだと『安心した』って笑ってくれる人たちだもの」
突然眉間に皺を寄せて涙を溢したポプルスの瞳には、きっと目の前の私じゃなく大切な人たちの笑顔が映っているんだろう。
「ポプルスが会いたい人たちも、そういう人たちなの?」
「……うん、きっとね、みんな喜んで笑ってくれる。でもね、俺は自分を許せないんだよ。幸せだって胸が温かくなるたび、どこかで俺が幸せになるなんて間違っているって思うんだ」
「ポプルス、あなた本当に失礼でバカね」
「ひどい。ノワールちゃんはいつもひどい」
「どこがよ。あなたのその考えって、ポプルスが幸せで嬉しいって思う人たちのことを蔑ろにしているのと一緒でしょ。あなたの得意分野活かせてないじゃない」
「俺の得意分野?」
「相手の気持ちを考えて行動できるところよ。あなたの唯一いいところなのに、それがなくなったらゴミ以下よ」
泣きながらも微笑んだポプルスが、おでこを合わせてきた。
「そっか。俺、めちゃくちゃいい奴じゃん」
「ムカつくことにね」
小さな声で笑うポプルスは、安心したように眠りに落ちていった。
規則正しく息を繰り返すポプルスの頬を、涙の跡を消すように撫でる。
幸せだからこそ、今ルクリアさんがいないことが苦しいんだろう。
どうしたって、自分のせいで死なせてしまったという気持ちは拭えないはずだから。
ポプルスが少しでも気持ちを打ち明けてくれたことを喜ぶべきなのに、痛くなる胸が邪魔をして心は泣くばかりだった。
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