74 ただいまのハグ
「シーニー! ただいま! 愛しているわ!」
カーラーの屋敷で朝ご飯を食べ、グースをクライスト国に送り届けてから帰ってきた。
目が赤くなっているポプルスをグースは心配気に見ていたが、突っ込んで聞いてはいなかった。
でも、別れ際に「俺を頼れよ」とポプルスの肩を叩いていた。
2人になった帰り道で「何かあったの?」とポプルスに尋ねてみたが、「さぁ? グースは時々的外れなことを言うなら分かんないや」と返された。
ポプルスは絶対に私には相談しないと分かり、心の中でため息を吐き出していた。
そんなカサカサになった心が、嬉しそうに笑顔で出迎えくれたシーニーによって潤ったのだ。
帰ってきたことを喜んでくれる姿に、「ノワール様、おかえりなさい」と幸せそうに言ってくれた声に、そしてシーニーのお守りのおかげで魔法が効かなかったことに、そんなたくさんの「ありがとう」に胸が温かくなったのだ。
シーニーに勢いよく抱きつくと、シーニーはわたわたしながらも震える手で私のローブを掴んできた。
「わた、私も、ノワール様を愛しています」
泣きながら伝えてくれるシーニーの頬に、頬を擦り寄せる。
「シーニーと相思相愛で本当に嬉しいわ」
泣き声を我慢しているシーニーの頭を撫でて離れると、シーニーの隣で待機していたカッシアが恥ずかしそうに両手を広げてきた。
「お姉ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま」
ふわっとカッシアを抱きしめると、カッシアは本当に小さな声で「ふふ、嬉しい」と漏らした。
はぁ、生き返るー。
シーニーもカッシアも可愛い。
大人のドロドロは醜いし汚いしで、息苦しいもんね。
子供って人を幸せにする波長でも出ているんじゃないかな。
カッシアの背中を柔らかく叩いてから離れると、瞳を泳がせているアピオスが目に入った。
「おかえり」と言いたいが、自分も抱きつくべきなのかどうか悩んでいるんだろう。
「アピオスは抱きしめさせてくれないのかしら?」
「え!? えっと……い、いいえ、その、おか、おかえりなさい」
おずおずと手を広げるアピオスに笑いを耐えながら、アピオスのこともふわっと抱きしめた。
照れて顔を真っ赤にさせているアピオスが可愛くて、頬が緩むのを止められない。
カッシアにしたように柔らかく背中を叩いてから離れると、ポプルスが両腕を広げて近づいてきた。
「ノワールちゃん」
「浄化された私の心を汚しに来ないで」
広げているポプルスの手を叩くと、ポプルスは大袈裟に顔を引き伸ばし、シーニーに抱きついた。
抱きつかれたシーニーは驚きで涙を止めながらも、仕方ないというようにポプルスの背中を撫でている。
「俺にも『おかえり』って言ってー」
「はい。ポプルスもおかえりなさい」
「嬉しい! シーニー、ありがとう」
シーニーの頬にキスをしてから離れるポプルスは、次にカッシアに抱きついた。
カッシアは遊んでいる感覚のようで、大声で笑っている。
頬にキスされたシーニーは何度も瞬きを繰り返した後、顔を勢いよく横に振っていた。
そして、カッシアの頬にもキスを終えたポプルスは、アピオスにも同じことをしている。
「私の可愛い子たちを汚さないでよ」
「大丈夫だよ。だって、俺の心も浄化されて綺麗になったんだから。だからね、ノワールちゃんも……」
また両手を広げながら近づいてくるポプルスの、今度は手ではなく腕を叩いた。
悲しそうに瞳も口角も下げるポプルスを無視して、シーニーに話しかける。
「シーニー、これからお昼よね?」
「はい」
「私、チーズが入ったオムレッツが食べたいわ」
「用意します」
「さ、アピオスとカッシア。食堂に行きましょう」
「はい」
「みんなでご飯。嬉しい」
駆けていってしまったシーニーを追いかけるように、アピオスとカッシアの背中を軽く押してから3人で並んで歩き出す。
「え? 待って! みんな待ってよ!」
慌ててアピオスの隣に来るポプルスに呆れたように息を吐き出すと、アピオスとカッシアはクスクスと笑っている。
ポプルスは眩しいものを見るようにアピオスたちを眺めてから、私と顔を合わせて微笑んできた。
穏やかに笑っているポプルスの胸の内は分からない。
でも、ポプルスにとっても、今ある賑やかな日常は大切なんだと思う。
いや、そう思いたいだけかもしれない。
だって、私なら愛した人を殺したという犯人が判明したら、そいつを同じように苦しめて殺したくなる。
経験がないから想像になるけどね。
まぁ、だから、ポプルスが今をどれだけ大切に思っていようが、復讐心を抑えることはできないと思う。
嫌だけど、ムカつくけど、ポプルスはきっとカーラーさんの手を取るだろう。
自分の命を投げうって、ネーロさんを傷つけようとするだろう。
その時が近いのか遠いのかは予想すらできないけど、その時がきたら私はどうするかを考えておこう。
ポプルスに協力をするのか、傍観を貫くのか、ポプルスを止めるのか……考えれば他にも選択肢があると思う。
ただ、どれを選んでも後悔はする気がするから、一番胸が痛まない選択をしよう。
強欲の魔女である私が悲しんで涙を流すなんて、絶対にお断りだからね。




