68 サキュバスのローゼオ
高速飛行移動をしても、カーラーさんの森に着くまで2時間ほどかかった。
空の旅の間、ポプルスとグースは色んな所を指しては、楽しそうに話していた。
その会話を聞いていたからか、退屈などせずそれほど時間がかかったようにも思わなかった。
カーラーさんの屋敷の上空で止まり、足元にある結界を触る。
「ノワールちゃん、何をしてるの?」
「ここに結界があるのよ。壊したら怒られそうだから、シャホルさんが来た時みたいに叩いてみようかなと思ってね」
「結界だろ? 叩いて分かるものなのか?」
「結界に異常があれば気づくんだから、叩いたら何かされたって分かるわよ」
「そういうもんか?」「そうなんじゃない」と言い合っている声を聞き流しながら、強めに結界を数回殴ってみた。
痛くなった手に「ポプルスにやってもらえばよかった」と軽く後悔した。
立ち上がり静かに待っていると、ものすごい速さで下から誰かが飛んでくる。
シュンっという小さな音を立てて数メートル先に現れた人物は、わずかに目を見開いた後艶やかに微笑んできた。
細い腰に魅惑的な胸とお尻、そして触りたくなるような足を見せびらかしている。
金髪に桃色の瞳をしている美女の頭には黒いツノが生えていて、人間ではないことを証明している。
「これはこれはノワール様ではありませんか。色男を引き連れてカーラー様のお屋敷まで何の用事でしょう? そちらの色男たちをプレゼントしていただけるのでしょうか?」
「違うわ。これらは私のコレクションなの。だから無理ね」
「コレクションですか……では、何用でございましょう?」
少しだけ鋭くなった笑みに、斜め後ろにいるグースから動揺を感じた。
「普通はそうなるわよね」と思いながら、反対側の後ろから聞こえるポプルスの「ちょー美人じゃん」に呆れそうになる。
「カーラーさんに会いに来たの。私のコレクションについて話したいと伝えてくれる?」
「さようでございますか。しかし、手土産もなくカーラー様にお会いできるとお思いですか?」
「あいにく、カーラーさん好みの男は用意できないの。私、引きこもりだから」
「後ろにいる銀色で問題ございませんよ。もしくは、将来有望な金色でも」
んん? ここでアピオスが出てくるの?
なんだか段々とややこしくなってきてない?
アスワドさんも珍しい色を探していたし。
私は、ただオレアさんを使ってされた攻撃の報復をできればよかっただけなのに。
「無理よ。後ろの銀色は私じゃないと嫌だってうるさいだろうし、金色はシャホルさんのお気に入りなの。無断で渡したと分かれば、私が殺されるじゃない」
「シャホル様が金色を? 我関せずだと思っておりましたが……」
わずかに俯いて考え事をし始めた美女に、眉根を寄せそうになる。
えー! シャホルさん、やっぱり何が起こっているのか知ってるんじゃない!
教えてほしかった。
シーニーの料理を根こそぎ食べて帰るんだから少しくらい……って思ったけど、料理のお礼に中途半端だけど色々話してくれたのかも。
だから、文句を言ったらダメだ。
私だけが無知っぽいのは、ずっと引きこもっていたせいなんだから。
「なぁ、ノワール。その女は魔物なんだよな?」
会話が途切れたから、今だと思ったのだろう。
グースが尋ねてきた。
グースの声に考え事を止めた美女が、妖艶な笑みを向けてくる。
「そうよ。カーラーさんの眷属でサキュバスの……えっと、ローゼオよ」
ふー、ノワールの中に挨拶された時の記憶が残っていてよかった。
明らかに知り合いっぽいのに、知らないなんて言ったら警戒されてただろうからね。
「サキュバスって、ものすっごくエッチなんでしょ? この美人がエロいとか、マジで男の夢が詰まっているみたいだね」
明るいポプルスの場違いな言葉に、ローゼオだけがおかしそうにクスクス笑った。
空気が読めなくての発言なのか、空気が読めるからこそなのかは分からないが、その場の雰囲気を作れるのは本当に天性の才能だなと思う。
「ポプルス。分からんでもないが、さすがにノワールの前ではやめろ」
「なんで? ノワールちゃん、めちゃくちゃエっっ」
何を言うのか想像できて、肘を思いっきり後ろに引いてポプルスのお腹に当てた。
「痛い! ノワールちゃん、ひどい!」
「ひどくないわよ。グースに何を言おうとしているのよ」
「何って、俺しか知らない可愛いノワールちゃんを自慢しようとしたんだよ」
「しなくていいわよ」
「えーしたいー。俺の彼女はこんなにも愛おしいんだって大声で叫びたいー」
「うるさい」
痛がっているお腹を今度はパーで叩くと、嘘泣きをされた。
しくしくとわざとらしい音を声に出されて鬱陶しい。
「本当に面倒臭いわね。グースに乗り換えようかしら」
「ええ!? ダメだよ、ダメ!」
「俺はいつでも大歓迎だぞ」
「グースは嘘つかない! ノワールちゃん、好みじゃないでしょ!」
「好みじゃなくても付き合えるだろ。実際、ノワールだって俺の方が好みなのにポプルスと付き合ってんだから」
「ぐぅ! 心から血が出たけど……そうだよ! 俺の彼女なの! 俺のなの!」
後ろからポプルスに腕を回される。
威嚇しているような唸っている声が上から聞こえてくるから、きっとグースを睨んでいるんだろう。
それなりに気合いを入れてカーラーさんに会いに来たのに、気を張っていたのが損のように感じ、ため息を吐きたくなる。
「ノワール様。カーラー様に呼ばれましたので少し席を外します」
「分かったわ。話がしたいだけと伝えて」
「かしこまりました」
綺麗に微笑んだローゼオは、一瞬にして降下していった。




