67 危険なのは誰?
「それで、さっきのグースのカーラーさんのところに一緒に行けるかどうかだけど、一緒に行くわ。どこにいても命令1つで従わせられるんだから、いざという時、目の前にいてくれた方が対処できるもの」
グースが、背もたれに体を預けて天井を見上げた。
「そうか、分かった。魔道具師チェルナーじゃなく、色欲の魔女カーラーと真っ直ぐ話をしようと思う」
グースらしい言葉だなと思っていたら、隣に腰掛けているポプルスに手を取られた。
かすかに震えている手が、縋りつくように握りしめてくる。
「俺、魔法を勉強するんじゃなかった……もしノワールちゃんを攻撃してしまうかもって思うと、すでに辛い……ごめん、本当にごめん……ノワールちゃんを裏切りたくないのに傷つけることをしちゃうかもしれない……」
「ったく、何を言ってるのよ」
空いている手で、ポプルスの悲しそうに下がった眉を無理矢理上げるよう、おでこを上に押し伸ばした。
間抜けになった顔が可笑しくて、笑いが込み上げてくる。
「ひどいよ。俺、真剣なのに」
「だって、よく分からないことで落ち込むんだもの。ポプルスが魔法を使ったところで、私は蚊が飛んでいるくらいしか思わないわ」
「あー、それもそれで辛い……蚊は嫌だ」
「ごめんごめん、蝶々だった」
「ちがうよー、そこじゃないよー」
突然、グースの笑い声が響いた。
顔を向けると、お腹を抱えて口を大きく開けて笑っている。
「色々考えるのが馬鹿らしいな」
「なに似合わないことをしてたの。グースのいいところって、行き当たりばったりで上手くいくところだからね」
「何言ってんだ。俺はものすっごく思慮深いだろ」
「それ言っていいのクインスだけだから」
「そうだった」と吹き出すように笑うグースを見て、ポプルスは穏やかに微笑んでいる。
どこからがグースを励ますための演技だったんだろうと考えてみたけど、普段から周りを明るくする人だからどこからとかなく、ポプルスの対人能力かと尊敬した。
「ねぇ、ノワールちゃん。1つ知っておきたいんだけど、命令は何個もできるの? それとも1回限りで解けるの?」
「何個も同時に命令できるし、何回もできるわよ。命令されたことが終われば自由に動けるようになるわ」
「なるほどねぇ。本当に魔女ってすごいんだね」
「まぁ、人を操るなんて簡単な魔法だしね。ただカーラーさんの魔法の凄いところは遠隔操作できるってことなの。私がポプルスを操るのなら目の前で魔法をかけないといけないわ。でも、カーラーさんの魔法はいつどこでも好きな時に発動できるってことね」
「なんか反則技だね」
「そうかしら? 奥の手みたいなものだから立派な1つの手段でしょ」
いきなりポプルスに抱きしめられて、よろけてしまった。
顔を擦り付けてくるポプルスの背中を叩くが、離れる気はないようだ。
「はぁ、一体なんなのよ」
「好きだなぁって思ったの」
「意味不明だわ」
ずっと静かに話を聞いていたグースが、小さく笑いながら立ち上がった。
ポプルスと一緒に、不思議そうにグースを見上げる。
「服に着替えようと思ってな。無事に帰って来られると願いたいが、もしかしたらノワールと引き離されて森に放置されるかもだろ。となると、剣もあった方がいいか」
「グース。そこまで考えるんだったら、拘束された状態でここに残った方がいいんじゃない?」
「お前、本当に嫌なことを思いつくな。でも、俺は一緒に行くぞ。俺が当事者なんだろうからな」
困ったように息を吐き出すポプルスを、口元だけで笑ったグースは目の前で着替え始めた。
ポプルスが、グースを見せないように両手で私の顔を慌てて固定してくる。
鼻がぶつかりそうな距離にポプルスの顔があって、呆れた息しか出てきてくれない。
「あのねぇ、見ても『カッコいい』としか思わないんだから今更じゃない?」
「思っちゃダメなの」
「それに、グースが着替えている間に書き置きを用意しとかないと」
「書き置き? なんで?」
「朝帰って来られるか分からないでしょ。グースがいないと大騒ぎになるじゃない」
「クインスたちに言っておけばよくない?」
「いやよ。これ以上来る人が増えるのは面倒だもの」
「それもそっか」
納得したように顔を離してくれたポプルスは、「紙とペン使うよ」とグースに一言かけ、誘拐犯のような文章を書きはじめた。
着替え終わったグースが置き手紙を読んで、肩を揺らして笑っている。
「そうだ、ノワール。注意事項はあるか?」
「どの魔女でも同じよ。怒らせないこと」
「本当にそれだけでいいのか?」
「何よりも大事なことよ」
グースの口が開きかけたが、ポプルスの「できた」という弾んでいる声が先に聞こえてきた。
満足そうに笑っているポプルスは、「どこに置いておこっかなぁ」と部屋を見渡している。
「数日前チェルナーが来たことは知ってるんだよな?」
「その時に魔女かどうか確認しに来たからね」
小さく頷いたグースの視線は、枕元に手紙を置きに行くポプルスを追っている。
「ポプルスのことを聞いてきたよ。家庭教師先で上手くいっているのかってな」
「そう」
「詳しくは知らないが元気みたいだと伝えたら、ちょっと不満そうにされた。だから、聞いてみたんだよ。どうしてポプルスを気にするのかって」
「答えてもらえたの?」
「いいや。また一緒に飲みたいからとはぐらかされた。なぁ、ノワール。危険なのは俺か? ポプルスか? どっちだ」
「両方よ。ただ銀色はこの世にポプルス1人だけらしいわ」
「……まぁ、今はそれでいいか」
「なになにー? 何を真剣に話してるの?」
手紙を置く向きまでこだわっていたポプルスが、首を傾げながら戻ってきた。
「お酒は口移しで飲むより、冷たいグラスから飲んだ方が美味しいって話よ」
「確認の時に、そこを見られたのか」
「ん? ん? 何の話?」
「俺がチェルナーとしていたことの話だよ」
「うわっ、聞きたくない」
「じゃあ、遅くなりすぎてもだし、そろそろ出発しましょうか」
立ち上がって窓に向かって歩くと、横にきたグースに手を繋がれた。
「ちょ! グース、ノワールちゃんに触らないでよ!」
「飛ぶんだろ?」
「繋がなくても飛べるわよ」
「あ、そうだったな。忘れてた」
「もう!」と鼻息荒く怒るポプルスがグースとの間に入ってくると、グースは楽しそうに笑っていた。
来週、色欲の魔女カーラーが登場します。
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