64 魔女の見た目
2日後には体が重たく感じることはないほど元気になったが、魔力が完全に戻るまでプラス1日かかった。
「さくっとクライスト国に行ってこよう」と思った矢先、「邪魔するぞ」とシャホルさんがルーフスをお供にやってきた。
1ヶ月に1度と泊まりに来ると言っていた来訪に少し早い気がしなくもないが、突っ込んで怒られるのは嫌なので、笑顔で迎え入れた。
アピオスとカッシアは授業中なので、もちろんポプルスもいない。
日当たりがいい部屋に案内をし、シーニーが次から次へとスイーツを運んできてくれる。
「シーニーよ。貴様、腕を上げたんじゃないか?」
「ありがとうございます」
照れて頬を染めるシーニーが、部屋の雰囲気を柔らかいものにしてくれている気がする。
「シャホルさん、アピオスたちがいない今聞いておきたいことがあるんです」
「なんだ?」
「金色と銀色の人間を、ここにいる3人以外で見たことはありますか?」
「あるぞ」
「今、どこにいますか?」
「今はいない。前にも言ったが、銀色は銀色狩りで生存者はいないはずだった。まぁ、1人2人くらいは逃げられたんだろうな。金色はアピオスたちの一族の特徴だ。あの2人が最後の生き残りだろう」
待って待って。
一気に聞きたいことが膨れ上がったんだけど!
「えっと、銀色狩りはアスワドさん主導で行われたんですよね?」
「そうだったか?」
フォークを咥えたまま斜め上を見たシャホルさんが、思い出したように緩く頷いた。
「ああ、そうだった。アスワドの見た目が今の外見に変わった事件だったな」
「え? 変わるなんてことあるんですか?」
「あるんだろうよ。現にアスワドは姿を変えた。深い憎しみの末にな」
「……深い憎しみ」
「まぁ、ノワールは生まれていなかったからな。特別に教えてやろう。あの頃のあやつの見た目は、ノワールとほぼ変わらんくらいの年齢だった。そして、アスワドには人間の恋人がいた。まぁ、その人間がクズ中のクズでな。アスワドはそのグズ相手に「自分だけを愛してくれる」とのめり込んでしまった。で、その人間が欲したのが銀色の女だった」
「は? え? アスワドさんと付き合っていたのに、女を欲しがったんですか?」
「そうだ。ポプルスといったか、あやつからも分かるように銀色は特殊でな。エルフよりも美しいと称されていて、誘拐されるのが当たり前だったんだ。だから、魔法が長けているにも関わらず隠れ住んでいた。男は森で怪我したところを、たまたま銀色の女に助けられ惚れたんだよ。でも、いくら探しても見つけられない。男は考えた。魔女を利用しようとな」
「えー、んー、そんな簡単に利用できます?」
「アスワド以外の魔女なら無理だったろうな。だが、あやつは人一倍寂しがり屋だったんだよ。ヒタムが生まれてからは、特に誰かの温もりを求めていた。だから、惚れてしまったんだ」
シャホルさんがスイートポテトを1口食べて、顔を大きく引き伸ばした。
「シーニー!」
「はははい!」
「貴様、やはりうちに来ないか? これほどまでに美味しい食べ物、そうないぞ」
「あ、ありがとうございます。しかし、私はノワール様だけのために生きている身ですので、大変申し訳ございませんが辞退をさせていただきます」
「ふんっ。なら、明日帰るまでに可能な限り用意しろ」
「かしこまりました」
そのスイートポテト美味しいよねぇ。
私の甘々ねっちょりの希望を、シーニーが試行錯誤して叶えてくれたんだよね。
私、幸せ者だわ。
「シャホルさん、あの、続きを……」
あまりの美味しさに食べることに夢中になっているシャホルさんに、遠慮がちに声をかけた。
「ん? そうだったな。んー、何だったかな。まぁ、アスワドが惚れたんだよ。で、男は本当のことを言えないから、銀糸髪の女に親の形見を盗まれたって言ったんだ。それを取り返したいってな。アスワドは見事に騙され、女を探し出した。でも、女には形見を盗んだ記憶はない。仕方なく男のもとに連れて行ったんだよ。男は牢屋に女を繋ぎ、アスワドに気づかれないよう女のもとに通った。そして、女を犯し続けた。その結果、2人が交わっているところをアスワドが目撃したんだ。男は事もあろうか、銀色の女に誘われたと嘘をついた。怒ったアスワドは何をしたと思う?」
「……私には分かりません」
「女を色んな男に回してから実験材料として殺した。そして、2度と見たくないと銀色を狩ったんだ。男はアスワドがそこまですると思ってなかったんだろうな。気が狂って真相を吐き出し、罵詈雑言を浴びせた。アスワドはショックと怒りで意識が飛び、気づいた時には辺り一面焼け野原な上に今の姿になっていた。あやつも気づいたんだろうよ。恋愛など関係ない無邪気だった日が1番幸せだったってな」
いや、ちょっと待って。
可哀想な人が多すぎて、男以外が同情の対象なんだけど。
悲惨すぎない? 辛いわー。
マジで何をしてくれてんだ、クズ男! だよ。
騙されたからだとしてもアスワドさんにも責任はもちろんあるけど、そもそもがさぁでさ。
あー、銀色の人たちが痛ましすぎる。
クズ男がクソすぎて、ギッタンギッタンのめったんめったんにしてやりたい。
無意識に閉じていた瞳を開け、小さく息を吐き出す。
魔女の姿は100歳までは普通に年相応の見た目だけど、100歳を超えると過去で1番幸せだった時の姿に変わる。
アスワドさんという事例はあるけど、そこからは変化しないようになっている。
だから、ノワールは18歳前後が1番幸せだったと思っていて、シャホルさんは5歳前後だったということだ。
美味しそうにケーキを食べ続けているシャホルを見る。
恋愛など関係ない無邪気だった日が1番幸せだった、か……
シャホルさんも恋愛で何かあったってことでしょ?
人生色々あるんだろうけど、100年の中で1番幸せだったのが5歳くらいの時って……と、やるせなくなるのは私だけなのかなぁ。




