62 魔法式の書き換え
家に戻り、シーニーからカーラーさんの資料を受け取り、隅から隅まで目を通した。
だが、特に注意するような事柄はなく、エッショルチア国とも仲がいいように思える。
ただ、シーニーが言っていた不義理とはこのことかと納得する文面があった。
アスワドさんも言っていたが、婚約破棄の原因はエッショルチア国の王子が真実の愛を見つけて、身籠っている王女を捨てたため。
そして、その王子の真実の愛の相手が、カーラーさんが経営している娼館で働いていた男爵令嬢ときたもんだ。
カーラーさんが関わっているという言葉はどこにも書かれていないが、王室御用達の娼館ということは、もしかしたらカーラーさんとも関係を持ったことがあるかもしれない。
面白がって操っている可能性を捨てきれない。
あ、でも、違うか。
彼女は、たぶんそういう誤解をされるのは嫌いな人のはずだから。
確か、彼女は魔女会議で「私が入れ込むのは利用価値がある男だけよ。誰とでも寝るような魔女だとは思わないで」と真っ赤な唇を薄く伸ばして微笑んでいた。
あれはノワールが初めて参加した魔女会議で、カーラーさんが自己紹介をしてくれた時だ。
「色欲という名前だからって、年がら年中誰かに抱かせているわけじゃないの。私を抱ける栄誉は簡単に得られないのよ」と付け加えていた。
もし王子と寝ていても、王子の利用価値はそこじゃないような気がする。
ってか、王子と男爵令嬢と婚約破棄って、何だか王道な配役だな。
シーニーに資料を返し、ポプルスの部屋に向かった。
となると、グースには利用価値があるってことよね?
どう利用価値があるのかしら?
グースにも魔法適性があるとか?
でも、人間の魔法使いなんて魔女からすれば蝶と変わらないのにな。
ふわふわ飛んでいるだけで攻撃力がない、いつでも殺せる虫と一緒。
魔法使いに育てたとしても、何の利にもならない。
ポプルスの部屋に到着し、眠っているポプルスの頬をつねる。
気持ちよさそうに眠ってて何より。
ちょっと調べさせてもらうわね。
ポプルスに向けて手をかざし、『サキテシ』と唱えた。
ほのかに青く光ったポプルスの上部に、黒色の魔法式が浮かび上がる。
ん? どうして色欲の特殊能力にかかっていないのかしら?
甘い時間云々って言ってたから、ポプルスはカーラーさんと関係を持っているはずなのよね。
それなのに、特殊能力を植え付けていない?
ただ単に体を重ねたかっただけ?
そんなことある?
だって、本当にポプルスを素材として欲しいのなら、殺すか特殊能力で命令すればいいだけなんだから。
奴隷紋の魔法式が残ったままだから、ポプルスに魔法が通じないわけじゃない。
ましてや絶対に失敗しない特殊魔法がかからないわけがない。
だったら、綺麗な男の体に興味があっただけなのかな?
うーん、分からん!
いや、今はそんなことより、奴隷紋の解析をしよう。
アピオスとカッシアの解除の時は、さっさと消してあげたい気持ちが強くて「ふくざつー」としか思わなかったけど、これよくよく見たら怖い事実が判明しそうなのよね。
窓際にあるテーブルから椅子を魔法で呼び寄せ、腰を下ろして魔法式を眺める。
どうしてこの魔法式を施せるような魔道具を、アスワドさんがオッケーしたんだろう?
もしかして、奴隷紋の魔道具には関与していないとかかな?
じゃないと、何でもかんでも1番がいいのに、ネーロさんの名前が刻まれる奴隷紋なんて許さないよね?
気になるワードは『死』『魂』『通知』『譲渡』かな。
ノワールは、魂を取り込むことで魔力の底上げができる研究をしていた。
同じようにネーロさんも、魂を取り込めば魔力が増えると考えている。
だから奴隷が死んだら、その魂がネーロさんに行くようになっている。
ネーロさんの合図で死ぬようにも組み込まれているから、たぶんそんな所だろうな。
1回でも奴隷になったことがある人は、全員命を握られている。
そして、それを他の魔法式で上手く隠している。
やっぱり魔女って、もれなく全員頭がいいのね。
我が儘放題だったアスワドさんが頭に浮かんだが、何もない頭上を右手で振り払って頭の中から消した。
うーん、どうしよっかなぁ。
ポプルスの奴隷紋を消すのは簡単に消せる。
命を握られているのだから、消した方がいいに決まっている。
でも、ポプルスは消えてほしくなさそうだった。
アピオスとカッシアと一緒に暮らしていて、自分の首から消えることを想像してなかったなんておかしすぎる。
奴隷紋が嫌なら自分の首からも、と想像してもいいのにだ。
だから、きっとポプルスにとって、奴隷紋は奴隷紋以上の意味をもつものなんだろう。
「確か魔法式の書き換えがノワールの記憶にあったはず」
膨大な量の記憶を見せられたのは、もう半年前。
この半年でほっこりする思い出もたくさん増えたから、ノワールの膨大な記憶は薄くなっていっている。
ただ思い浮かべようとしたり、探ろうとすれば、記憶は蘇ってくる。
「あったあった。作るだけ作って放置している魔術。使ったことないけど大丈夫だよね?」
ポプルスに向かって手をかざし、『チロルーセオ ホアーヲサシサケ』と唱えた。
ノワールが編み出した魔術の中では長い呪文になり、呪文を長くしなければ発動させられない難しい魔術ということになる。
ポプルスの体が青く光るとネーロさんの名前の箇所が青に変わり、そしてボロボロと崩れていく。
魔法式の一部が空白になると、まるでペンで文字を書き綴るようにノワールの名前が足されていく。
いつも一瞬で使える魔術ばかりだったのに、この魔術は1分近くかかった。
魔力をごっそりと使用し、少し頭痛がする。
「これって、私と融合してなかったら使えていない魔法じゃない。あー、気持ち悪くもなってきた」
よろけながらベッドに上がり、ポプルスの横に寝転ぶ。
「本当、感謝してよね」
ポプルスの鼻を軽く摘んで、眉間に皺を寄せるポプルスを小さく笑ってから、眠りについたのだった。
木曜日はポプルスにカーラーのことを話す1話のみの投稿になります。
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