5 奴隷
自分の娘が魔女に近づいているのに、玉座で狼狽えているだけで父親。
何か騎士に言っているようだが、団長が動くなと命令をしている。
王様よりも団長をとる騎士たちや、それを怒らない貴族たちに、本当にどうして王様をそのままにしているのか謎で仕方がない。
早く帰りたいのになぁ。
森を散歩してみたいんだよね。
ケアンズのパロネラパークみたいな感じかなぁ?
でも、あそこは太い木もあったけど、細長い木も多かったからな。
ノワールが小さい頃遊んでた記憶では、全部太い木だもんね。
そして、不思議なんだけど、珊瑚や魚類や哺乳類、湖の周りに鳥類というグレートバリアリーフみたいなバカデカい湖がある。
私が知っているグレートバリアリーフは、島と島を囲う海のことをいうんだけどね。
違うって分かっているけど、雰囲気がそっくりなのよね。
ん? 哺乳類って湖でも生きていけるの?
まぁ、ノワールの常識が、この世界の常識だもんね。
疑問に思わないでおこう。
考え事をしている間に、アンノーナ王女が目の前までやって来た。
興味津々で見てくる瞳に、「性格悪そうだけど、まだまだ子供だな」と笑みが漏れそうになる。
「きゃ!」
アンノーナ王女が、小さな悲鳴を上げながら少年から降りた。
降りたというより、息も絶え絶えの少年が床に蹲ったので、バランスを崩しながら降り立つしかなかったというのが正しいだろう。
「もう! このクズ! 危ないじゃない!」
アンノーナ王女が少年を蹴った後、少年の手を鈍い音が鳴るほど力強く踏んだ。
痛そうな呻き声が聞こえ、顔を歪ませてしまう。
「話すなって言っているでしょ! 耳が腐るじゃない!」
子供だからといって、さっき微笑まなくてよかった。
子供の性格が悪いのは育った環境のせいだろうと思うが、許せることと許せないことがある。
でも、この少年がどういう人物が分からないので、アンノーナ王女を優しく引き剥がそう。
まぁ、どういう経緯だろうと、こんな扱いをしていいと考えているのはどうかと思うけど。
指を鳴らして、アンノーナ王女をふわっと浮かせた。
「へ? なに?」
体をビクつかせられたが、気にせずそのまま玉座に移動させる。
ふわふわと浮いての移動なので、途中から楽しそうな声をあげていた。
王様が飛んできたアンノーナ王女を慌てて抱き締めているだろう気配を背中に感じながら、少年を見るためにしゃがむ。
服から覗かせている肌には痣があり、ところどころ傷もついている。
顔を隠すように伸びている髪は傷んでいて、唇はひどく荒れている。
そして、一本の荊模様が首を1周している。
これは、奴隷の証だ。
私には馴染みがないけど、この世界には奴隷がいる。
一般奴隷・借金奴隷・犯罪奴隷の3種類だ。
一般奴隷は、奴隷として売られた人だったり、奴隷同士の間に生まれた子だったりと様々。
奴隷から抜け出すには、身請けをしてもらうか、大金を自分で稼ぐかになる。
犯罪奴隷はその名の通り、罪を犯した者になる。
犯した罪の重さによって奴隷としての年数が異なる。
同じように、借金奴隷も背負った金額によって奴隷期間が違ってくる。
どの奴隷かは、首に描かれている荊模様が何周しているかで見分けることができる。
1周なら一般奴隷、2周なら借金奴隷、3周なら犯罪奴隷だ。
つまりこの少年は一般奴隷ということになる。
奴隷だからといってあの扱いはどうなんだろうと、息を吐き出してから立ち上がった。
「今の奴隷の扱いって、こんな感じなの?」
まともに会話ができると思う初老の男性に尋ねてみた。
初老の男性は、小さく首を横に振っている。
「人によって違うかと思います」
それもそうだよね。
全員が優しい人なら、はじめから犯罪奴隷と言われる人たちはいないだろうしね。
「3年間の報酬として、この子をもらうことにするわ」
「「え!?」」
「何を言っているのよ! ケナフは私の物よ!」
どよめきが沸き起こる中、アンノーナ王女の声が響き渡った。
その声には耳を貸さず、玉座に視線を移さず、初老の男性を見つめる。
「契約は後半年の猶予を与えるわ。その間に、あの王は嫌いだから代えて。人の上に立てる人を王にして。それと、王女の無礼はまだ子供だから許すけど、性格を正すようにして」
指を鳴らして魔法を発動させ、倒れたままの少年と一緒に浮かんだ。
「あの! すみません!」
背中側から大声で話しかけられ、そっちを見たくないと思いながら体を向けた。
謁見をしていただろう紫色の瞳と髪をした男性が、跪いた状態でノワールを見上げている。
清潔感はあるが、洋服の質は良くも悪くもない。
貴族が集まる中で、1人だけ場違いのように思える。
間違い探しだと言われたら、絶対にこの男性を指し示すだろう。
「私は、新しくできましたクライスト国から遣いで来ましたクインスと申します。可能ならば我が国とも契約をしていただけませんか? 何卒、お願いいたします」
背中が見えるほど、深く頭を下げられた。
周りは嫌悪感を露わにしながら騒めいている。
「今ここで返事はできないから、1度森に来てくれる? そこで詳しいことを話しましょう」
「ありがとうございます!」
一蹴してもいいけど、他国で非難されるのを覚悟の上で申し出てきた勇気に賞賛を送りたいと思い、交渉の場を設けることにした。
真っ直ぐに見つめてきた瞳に不快感を覚えなかったし、傲慢そうにも見えないから。
「じゃあ、半年後にまた来るわ」
初老の男性と騎士団長を見ながら伝え、入ってきた窓から外に飛び出したのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
長編になる予定ですので、どこまで話数が伸びるかは分かりませんが、完結までお付き合いいただけたら幸いです。
欲と欲のぶつかり合い。ぜひお楽しみください。
更新は月・木となりまして、次回は木曜日に2話投稿します。