57 愚の骨頂
アスワドさんと共にビデンスがいる部屋を訪れると、ビデンスとセネシオおじいちゃんと前回会った好青年が深刻な顔をしていた。
アスワドさんを見るなり、顔を強張らせたままのビデンスが駆け寄ってくる。
「アスワド様! 攻撃をやめてくださいませんか!? お願いいたします!」
アスワドさんは、深く腰を折るビデンスの横を通り過ぎて、ソファに腰掛けた。
握り締められているビデンスの拳が震えていて、絶対に勝てない弱者の気持ちが窺えてやるせなくなる。
「ビデンス、誰も死んでないわよ」
「え?」
顔を上げたビデンスに微笑み、肩を柔らかく叩いた。
ビデンスがグッと歯を食いしばったことに気づいたが、アスワドさんの瞳が鋭くなったので、それ以上説明せずにソファに座ろうとした。
「ノワール。座っていいと言ってないわよね?」
はいはい。
立ってても疲れないから好きにしたらいいよ。
これで機嫌が良くなるんだから簡単、簡単。
大人しくソファの横に立つと、ビデンスたちが目を丸めた。
ノワールがアスワドさんに従ったから驚いた、ということは一目瞭然だ。
「ビデンス。ノワールはこの国と契約しないって言ったわよ。これで、わたしと契約するしかなくなったわよね」
「しかし……」
「なに? まだグダグダ何か言うの? ノワールの結界はもうすぐ消える。わたしと契約しなければあっという間に魔物が襲ってきて、この国は終わるのよ」
唇を噛み締めるビデンスを、アスワドさんはニヤニヤしながら見ている。
眺めていて気持ちのいいものじゃない。
こんなのただのイジメだ。
「アスワドさん、聞きたいことがあるんですけど」
「なにかしら?」
「どうしてこの国とそんなに契約したいんですか?」
「そんなの、わたしが1番になるためよ」
「1番? 何のですか?」
「契約している国が多いランキングに決まってるでしょ」
え? そんなことで契約したいの?
「そもそも、あなたが2国と契約をして均衡を崩したんじゃない。均衡を崩していいのなら、1番はいつだってわたしじゃないとダメなのよ」
うわー、本当に嘘偽りなく嫉妬の魔女だわ。
「それは申し訳ありませんでした」
「分かればいいのよ」
「では、私はこの国を辞退しますので、もう少し温情を与えてやってもらえませんか?」
「はっ、人間に温情? どうして与えないといけないのよ」
「私以外の他の魔女に付け入る隙を与えないためにですよ」
考えるように視線を逸らしたアスワドさんが、納得したように小さく頷き、唇の端を吊り上げた。
「そうね。サラセニア国がヒタムを讃えているようにわたしを崇めるんなら、わたしに攻撃しない限り痛めつけないと約束するわ」
あ、もしかして崇められているのを羨ましがってたのかな?
たぶんそうだろうなぁ。
なんでもかんでも自分が1番がいいんだろうから。
チラッとセルシオおじいちゃんを見ると、覚悟を決めたように目を閉じていた。
その横で、好青年は少しオロオロとしている。
ビデンスは緊張を纏いながら、硬い声で話しかけてきた。
「アスワド様の提案、とても有り難く思います。しかし、1つおうかがいしたいのですが、その2国目となる国は我が国じゃなければいけないのでしょうか?」
はぁ? こいつは何を言い出したの?
これ以上ない譲歩なのに、神経逆撫でして「やっぱりやーめた」って言われたらどうするつもりなの?
「ノワール様が契約しているクライスト国ではダメなんでしょうか?」
はい? 関係ない国を巻き込む気?
私の優しさを返せ。
もうアスワドさんの誘導してあげないから。
アスワドさんが、鼻で笑って足を組み直した。
「そんなにわたしをバカにして楽しいの? こんな国消してもいいのよ」
「違います! ただ私がノワール様に惚れていて、どうにか接点を持ちたいと思っているだけです!」
あーやだやだ。
前よりマシになっとはいえ、結局は頭がおかしい人しか王族にいないんじゃない。
私、諦めろって言ったよね?
マジで信じらんない。
途端にアスワドさんが大声で笑い出した。
だけど、その声はおかしいから笑っているというより、わざと声に出しているというような乾いた笑いだった。
「魔女に惚れるねぇ。馬鹿らしくて笑っちゃったわ」
「私は本気です! こんなにも胸が高鳴ったのは初めてなんです! それに、アスワド様はもうすぐエッショルチア国を手に入れられるとも聞いております。我が国じゃなくてもいいのなら、どうにか他国でお願いできないでしょうか?」
蔑むようにビデンスを見るアスワドさんに、同調したい気持ちでいっぱいだ。
「ノワール、あなたはどう思う?」
「クライスト国からすでに報酬をもらっていますので、契約を切るつもりはありません。それに、もう何があってもリアトリス国と契約することはありません」
「ノワール様……」
泣きそうな顔で見てくるビデンスに、冷めた瞳を返す。
「あなた、この国の王なのよ。それなのに自分の気持ちを優先させて、この国の人たちを危険に晒したのよ。最悪最低のことよね。クライスト国のグース王ならそんなことしないわ。私が彼を好きな理由の1つよ」
唇を噛んだビデンスに俯かれるが、落ち込むならとことん落ち込めとしか思わない。
アスワドさんの攻撃音は、ここまで聞こえていたはずだ。
だからこその、あの慌てようだったはずだから。
何でもかんでも屈しろとは言わないが、難しくない条件で攻撃しないという言葉を拒否するなんて愚の骨董すぎる。




