48 魔法のあれこれ
感極まっているポプルスを引きずって、シャワーを浴びた。
そろそろ本気で用意しなければ、朝ご飯の時間に間に合わなくなる。
可愛い3人を待たせるのは心が痛むので、離してほしいと伝えても離れてくれないポプルスと、仕方なく一緒に行動するしかなかったのだ。
「今日はまた激しいですね」
首に巻きついたままのポプルスと食堂に行くと、サラダを並べていたシーニーに目を点にしながら言われた。
「本当にね。ポプルス、ご飯食べるんだから離れてよ」
「えー、もっと引っ付いていたい」
「ウザい。あなた、本当にウザいわよ」
「うわっ! 面倒臭いから更新された!」
「更新じゃないわよ。追加よ、追加」
「ひどい。俺の可愛い愛情表現なのに」
「どこがよ」
肩ぐらいにあるポプルスの顔をやんわりと押すと、簡単に離れていった。
いつものポプルスだ。
きちんと理性は働いているようだ。
スイッチの切り替えが上手なのか、朝になったから落ち着いたのか……
どっちでもいいが、狂気の部分はもう見せてくれなくていいと思う。
椅子に腰掛けようとした時、アピオスとカッシアが元気よく挨拶をしながら食堂に現れた。
2人の可愛い笑顔に、和やかな朝食時間に、疲れた心が癒されたような心地だった。
朝食が終わると、そのまま食堂でポプルスとお守り作りを開始した。
午後の授業に影響が出ないように、午前中に作ってしまおうということになったのだ。
アピオスとカッシアは、今日も楽しそうに畑仕事に向かった。
「シーニーが作ってくれたみたいに護りの魔法を施すの?」
「ううん。それは結構高度な魔法だから、まだポプルスには使えないわ」
「そうなんだ。シーニーにもう1度お礼を言わないとだね」
ポプルスは、首にかけているペンダントを触りながら当たり前のことのように言っている。
こういうところは好感度高いんだけどなぁ。
誰に対しても思いやりがあって優しいし、明るいし、好き嫌いないし、見た目もいいしね。
昨日見せてきた闇さえ深くなければ、本当にいい物件だよねぇ。
「じゃあ、どうやって作るの?」
「魔法陣を使うわ」
机の上に用意されている紙とペンとインクを指した。
ポプルスが、考えるように道具を見ながら尋ねてくる。
「疑問だったんだけど、魔法と魔法陣の違いってなに? 魔道具に使われているのが魔法陣なの?」
「違うわよ。魔道具に組み込まれているのは魔法よ。奴隷紋の魔道具を調べた時に計算式や文字が浮かび上がったでしょ。あれが魔法式になるの。私たちが言葉にして唱えているのは、魔法式から導き出された答えなのよ」
「だったら、その答えじゃダメなの? どうして魔法式なの?」
「組み込むのは答えでもいいわよ。でも、使う魔力量が異なってくるの。魔力が10必要な魔法式だとしたら、簡略化した答えは少なくても30必要になるわ。複雑な魔法ならもっと必要ね」
「効率が悪くなるんだね」
「そういうこと。魔道具だと発動時間に大差がないのよ。だから、魔力消費が少ない魔法式を組み込むの」
「ってことは、俺が魔力温存のために魔法式を唱えるのは、時間がかかりすぎるからやめた方がいいってこと?」
「そうね。お勧めしないわ。唱えている間に殺されたら馬鹿らしいでしょ」
「うん、魔法式に興味を持つのは、魔法がきちんと扱えるようになってからにするよ」
ポプルスって、もしかしなくても魔法にものすっごく夢中な気がする。
機械のおかげで便利だった無機質な世界に生きてきた私の心が踊ったのは分かるんだけど、魔法が隣り合わせのような世界に住んでいても夢見るものなのね。
まぁ、縁遠いと憧れるか。これぞファンタジーだもんね。自然現象を作り出せるんだもんね。
「魔道具のことは分かったけど、魔法陣は? 魔法とは別なんだよね?」
「魔法陣は私しか使わないからね」
たぶんね。
もしかしたら使えるようになっている魔女がいるかもだけど、ノワールが生み出すまではなかった代物だからね。
「え? そうなの?」
「そうよ、私が編み出した魔術だもの」
「えー! ノワールちゃん、すごすぎない? 俺の恋人が天才すぎて尊敬しかないんだけど!」
ちょっと待って。
なに、その小説の題名みたいな感想。
嬉しいのに、なんか素直に喜べなかったわ。
「簡単に言うと、魔法式を絵にしたものって思ってもらえばいいわ」
「それって魔法式よりも覚えやすくない?」
「覚えやすいと思うわよ。でも、書いてでしか使えないから需要はないかもね」
「え? 魔道具にピッタリなんじゃないの?」
「そういうのは作ってないの。所有者をはっきりさせないと発動できないようにしているから」
だって、ノワールの自己満足から作られたノワールだけの魔術だからね。
誰よりも自分が1番でありたいと努力した証なのよね。
それをポプルスに教えるのはどうかとも思ったけど、悪用しないだろう人には教えていいかなとも思うわけ。
害にならないやつだけね。
「ん? んー? その言い方だと、所有者をはっきりさせれば誰でも使えるってことだよね?」
「そうね。魔法陣の一部として名前を必ず入れる必要があって、その名前を変えればいいだけだからね」
「でもさぁ、ノワールちゃんなら所有者なしの魔法陣も作れるんじゃないの?」
「作れるわよ。でも、作らないわ。普及したいわけじゃないからね」
真意を窺うようにポプルスに真っ直ぐ見つめられて、首を傾げた。
嘘なんてついていないから言葉に矛盾はないはずだ。
それなのに、どうして推し計るような瞳を向けられるんだろう?




