47 面倒くさい生き物
朝起きると、ちょうどポプルスが浴室から出てくるところだった。
「おはよ」
「おはよう。早いわね」
「ほとんど寝てないからね」
「そうなの?」
体を起こすと、近づいてきたポプルスに頭、頬、唇の順番にキスをされる。
「先に髪の毛拭いたら。風邪引くわよ」
「ノワールちゃん、拭いて」
「嫌よ」
指を鳴らして、一瞬でポプルスの髪の毛を乾かした。
魔法を使ったのは、拭く拭かないで押し問答になりそうだったからだ。
平行線な言い合いほど面倒臭いものはない。
「便利ー。俺も早くこれくらいできるようになりたいな」
「すぐになれるわよ」
ベッドから降りると、すぐに抱きつかれる。
首に回されている腕を軽く叩くが、離れる気はないようだ。
「そうだ。ポプルス、あなたグースたちのお守りを作る気ない?」
「グースたちにお守り? どうして?」
昨日考えた「人間側に協力者がいて、その人物がクライスト国に入り込んでいるかもしれない」というシーニーとした、もしも話を伝えた。
ポプルスは、眉根を寄せて難しい顔で聞いている。
「私が作ってあげるのは嫌かなと思ったのよ」
「え? 俺のこと考えてくれたの? 嬉しい! ノワールちゃん大好き!」
「はいはい。それに私のお守りなんて、それこそ他国の王様とか欲しがって戦争してもおかしくないしね」
「急に怖い話になったね。でも、そっか。そうなる可能性があるんだね」
今日のポプルスは、いつものポプルスのようだ。
可愛くじゃれつくような愛情表現で、昨日のような必死さや危うさは見当たらない。
グースが言った「荒れる」というのが、昨日のポプルスに見え隠れしていた狂気のことだろうか?
「俺が作るよ。何個作ればいい?」
「それはポプルスが決めればいいわ。死なせたくない人に渡す分があればいいんだから」
「そっか。うん、分かった」
頭に顔を擦り付けてから離れていくポプルスは、名残惜しそうに髪の毛を触ってきた。
「昨日の夜にね、ノワールちゃんの髪を1本抜こうとしたの。でも、全然抜けなかった。魔女だから?」
こっわ! なに? 急に何を言い出したの?
さっきまでいつものポプルスと思ってたけど、本当は違った?
もしかして、いつも隠していたけど、昨日曝け出しちゃったからもういいやって、猫を被らないようになったとか?
「そうよ。魔女の髪は本人じゃないと抜けないし切れないのよ」
落ち着け、私、落ち着け。
ポプルスが少しトチ狂ったところで、私の方が強いんだから問題ないじゃない。
何されようが勝てる。大丈夫。
「そうなんだー」
ええ!? 肩落としすぎじゃない? 怖いんだけど。
「ノワールちゃんが帰った後、いつも髪の毛が落ちていないか探してたんだけど、見つからないはずだよね」
いやー! 怖い怖い怖い!
そういう一面は一生隠し続けて。
知らなきゃ平和に過ごせることなんだから。
「ねぇ、ポプルス。もし、もしもよ。別れ……ううん、何でもないわ」
「うん? そう? 聞きたくない言葉が聞こえたような気がしたけど、何でもないなら聞き間違いかもね」
「そうよ、聞き間違いだと思うわ」
おかしいわ。
私、魔女なのに、怖いものなんてないはずなのに、悪寒が走ったわ。
それにしても、ポプルスってば、すでに立派なストーカーになっているんじゃない?
洋服を着終わったポプルスに、また抱きつかれた。
頬にキスされ、顔を擦り寄せられたので、ポプルスの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「私もシャワー浴びたいから部屋に戻るわ」
「うん」
「ポプルス、私部屋に戻るの」
「うん」
「離してくれない?」
「やだ。もっと一緒にいたい」
「あなたが先に1人で浴びたから悪いんじゃない」
「ふふ。ノワールちゃんも俺と浴びたかったの? でも、一緒に入っちゃうと我慢できなくなると思ったからやめたんだよ。えらい?」
「えらいわ。離してくれたら、もっとえらいわ」
「キスしてくれたら離れる」
横を向いて、愉しそうに瞳を細めているポプルスにキスをした。
「なんか目ヤバそうじゃない?」と、心臓をバクバクさせながら軽い口づけで終わらせようとしたのに、逃さないというようにしつこくキスされ続けて、あっという間にベッドに逆戻りになってしまったのだった。
「本当、朝からやめてほしいわ」
「ごめんごめん」
髪の毛を梳くように触ってくるポプルスに、呆れたように息を吐き出す。
「そんなに髪の毛が欲しいの?」
「ううん。髪の毛じゃなくていいんだよ。ノワールちゃんのモノが欲しいだけ」
「私のモノねぇ」
「1人でいる時も1人じゃないって思えるでしょ」
抱きしめてくるポプルスの胸を押して、ポプルスのお腹に跨った。
キョトンとしているポプルスを、上から睨みつける。
「あのさ、本当に面倒臭すぎるんだけど。ったく、何言ってるの状態よ。私の周りをうろちょろしているポプルスに、1人でいる時なんてあるの? しかも、私より先に死ぬのはポプルスなのよ。残されるのは私なの。ほら、1人でいるようになるのは誰?」
目尻から涙を1筋流したポプルスが、震える手で頬を撫でてくる。
「ノワールちゃん、今のって……俺、結婚申し込まれたんだよね?」
え? 待って。何を言い出したの?
やだー、もー、なにこの面倒臭い生き物は。
「嬉しい。俺が死ぬまでずっと一緒にいてくれるなんて最高の告白だよ。幸せになろうね」
腕を引っ張られ、ポプルスに抱きとめられた。
何を言っても通じないと悟り、そういう解釈をさせてしまった自分が悪いんだと諦めた。
抵抗も抗議も面倒臭い。
未来のことは分からないんだし、なるようになるかと、一旦受け入れることにした。
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