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46 ポプルスの涙

夜も静まったころ、ポプルスの部屋のドアをノックした。


「はーい」


憂いなんて一切ないと感じるような明るい声でドアは開けられたのに、ドアを叩いたのが私だと分かると、急に唇を尖らせて顔を背けられた。


「なに?」


「仲直りしようと思ってね」


本音の半分だ。

もう半分は、グースに「慰めてやってほしい」とお願いされたポプルスの痛みを和らげられたらと思ってやってきた。


「ノワールちゃん、本当に仲直りしたいと思ってる?」


「思ってるから面倒臭いのに会いに来たんでしょ」


「面倒臭いって言った! 面倒臭くさせているの、ノワールちゃんなのに」


「はいはい。それより入れてくれないの?」


いつもならすぐにドアを大きく開けて体を斜めにして招き入れてくれるのに、今日はドアは半開き状態だし、ポプルスは通せんぼをするみたいに動かない。


「だって、ノワールちゃんは来たくて来たわけじゃなさそうじゃん。俺のこと自体面倒臭いんだもんね」


「めんどくさ」


あ、思うだけのはずが声に出てしまった。

いや、だって、本当に面倒臭いじゃない。

たかが飛ぶ時に手を繋いだだけでさ。

抱きしめあったわけでも、キスしたわけでもないのに。


「ひどい! もう仲直りしない! 帰って!」


「ここ、私の家よ」


「部屋にだよ!」


ポプルスはうるうると瞳を潤ませて唇を引き結んでいるが、いつもの嘘泣きだ。

本当に主演男優賞をあげたいくらい演技が上手い。


「うるさいわね。もう勝手に入るわ」


「ちょっ! ノワールちゃん!?」


指を鳴らしてポプルスを浮かせた。

ジタバタと地面に足を着けようとしているポプルスを押し込むように後退させ、ゆるゆると部屋に入る。


「下ろしてよー」


ベッドの上に下ろし、もう1度指を鳴らして、今度はベッドにポプルスを寝転ばせた。

体をベッドに縫い付けるように動けなくしているので、自由に動く顔だけで不満を最大限示してくる。


「なに!? なんで? 仲直りしに来たんだよね?」


「グースにしたことと同じことをすれば、差し引きゼロかなって」


「ならないよ! ってか、グースとしたこと? 何したの? 本当に浮気じゃん!」


「違うわよ。ただちょっと目の前に男らしい筋肉があったから触っただけよ」


「触った……えー、もう本当の本当に浮気だよー……」


「違うってば」


悲しそうに目を閉じるポプルスの服を捲る。

抗議する気力がなくなったのか、反応を返してこない。

気にせず、グースのお腹を触ったようにポプルスのシックスパックに指を這わせる。


「ねぇ、ノワールちゃん」


「なに?」


「誘われているようにしか思えないんだけど」


「そんな触り方してないわよ」


「絶対にキスくらいしたでしょ」


「してないわよ。ポプルス以外に許すつもりないもの」


「……本当に?」


「こんなことで嘘言わないわよ」


やっぱりグースの方が硬いわね。

ポプルスは細マッチョというか、くびれがあるから「脱いだら凄いんです」なのよね。

グースは腰も太くてしっかりしているから「脱いでも凄いんです」なのよ。

好みがはっきりと分かれるところよね。


ううん。筋肉がある時点で素晴らしいんだから、どっちだろうとキュンってするわ。


「動きたい。魔法解いて」


指を鳴らして魔法を解くと、ゆっくりと起き上がったポプルスに縋るように抱きつかれた。

ポプルスの背中を軽く叩きながらベッドに上がる。


「俺の髪でも目でも血でも何だってあげるから。だから、ノワールちゃんの何かを俺にちょうだい。体の中に取り込んで、誰にも奪われないようにするから。お願い」


首に顔を擦り付けられ、懇願するように言葉を紡がれた。


「分かったわ。じゃあ、まず爪を一枚ずつ剥がさせてもらうわね」


「こわ! それ、拷問だから!」


勢いよく離れられるが、肩は強く掴まれたままだ。

青い顔をして怯えている姿に小さく吹き出すと、緩く微笑んだポプルスに両手をそれぞれ握られた。


「ひどいなぁ。俺、真剣なのに」


「気軽に渡そうとするからよ」


「気軽じゃないよ。ものすっごく気持ちを詰め込んだよ」


「そう。だとしても、そんな気持ちいらないわ。ポプルスの一部があったところで、そこにポプルスがいないんじゃ意味ないじゃない」


どの言葉が引き金だったんだろう。

初めてポプルスの涙を見た。

ポロッと溢された雫に、息を忘れてしまった。


「あれ? 俺、なんで……」


ポロポロと落ちる水滴は、激しさを増していく。

俯いて歯を食いしばって苦悶している姿に、私の胸まで引き裂かれ、焼かれ、殴られているような感覚に陥る。

手を強く握られていて抱きしめてあげることができないので、握られている手を持ち上げてポプルスの指にキスをした。

引き攣ったような息を漏らしたポプルスが、痛いほど強く腕の中に閉じ込めてくる。


「ノワールちゃん、お願いだよ。お願いだから、俺を1人にしないで」


「しないわよ。面倒臭いって思っていても捨てていないでしょ」


わずかに頷いたポプルスが、私を抱きしめたまま横に倒れた。

私と混ざり合いたいと思っているかのように、足まで絡ませて引っ付いてくる。

大きな子供だなぁと、ポプルスが泣き止むまで背中を撫で続けた。


「ねぇ、ノワールちゃんの髪の毛1本くらいなら、俺の体に植えても大丈夫かな?」


「さっきもそんなこと言ってたけど、どうして急に怖いことを言い出したの?」


静かになったから泣き疲れて寝たのかと思っていたが、どうやら起きていたようだ。


「急にじゃないよ。付き合えてからずっと考えていたんだ。プレゼントを贈り合ったとしても誰かに取られるかもでしょ。取られないためには体に埋め込むしかないなって」


「いや、そもそも贈り合わないからね。いらないわよ」


「また酷いこと言う。誕生日とか愛の日とか聖夜祭とかさ。これからずっと一緒なんだから、たくさん贈り合う予定だったんだよ。それを、俺は髪の毛一本を体に埋め込むだけでいいって譲歩してるんだよ」


「いやいや、なんかズレてるわよ。贈り物を取られたくないから埋め込みたいって話なんでしょ」


「うーん、そうだった。もしもの時にノワールちゃんからもらった物を全部取られたら嫌だからって理由だった」


いつものポプルスのようで、いつものポプルスじゃない。

どこか壊れている。

ネジが1本ないとかの壊れているじゃなくて、心が欠けているから感情が壊れている。

そんな感じだ。


「私から何かをあげる予定はないけど、あげるなら奪われないようなしょーもない物をあげるわ。だから、体に埋め込むのは諦めなさいよ」


「やだよ。それも取られる。何もかも無くなるんだ」


「一体何の話よ。取られないわよ。ポプルスは私とずっと一緒にいるって自分で言ってたじゃない」


「言った」


「だったら、取られるわけないわよね? 誰が魔女がいる場所から取れるのよ」


緩くなっていたはずの腕に力を込められ、逃さないというようにしがみつかれる。


「ノワールちゃん、俺を好きになって。愛して」


「あのねぇ、付き合うくらいには好きなのよ。嫌いならこんなことも許してないわよ」


「……それ、もし俺がグースでも許してるよね」


「そうね」


「あー、ひどい! ノワールちゃんは本当に意地悪だよ。でも、好き。大好き。愛してる」


「はいはい」


おでこにキスをされ顔を擦り付けられたが、それ以上求められることはなく、ただただ静かに温もりを分け合って眠りについた。




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