41 石板と羽ペン
「ねぇ、奴隷の契約を、どうやって破棄させたの?」
「魔道具だよ。さっき言った女性がくれたんだ」
魔道具なの?
奴隷紋を作ったのがネーロさんだって聞いたから、刑期や懲役が終われば勝手に解除されると思ったんだけどな。
でも、そっか。
アピオスの奴隷紋を解析した時は不思議に思わなかったけど、複雑なだけで奴隷紋に縛りのような術式はなかったわね。
「それ、見せてもらってもいい?」
「構わないが、奴隷商が持っているものと同じだから、何も出てこないと思うぞ」
グースがタクサスに持ってくるよう指示し、タクサスは一礼して部屋を出て行った。
「奴隷紋って奴隷契約するから付くのよね? それも魔道具なの?」
「そうだよ。魔道具の石板があってね、そこに名前を書くと奴隷になるんだ。解除も同じで、解除用の石板に名前を書いて終わりなんだ」
後ろから抱きついたままのポプルスが教えてくれた。
あ! そりゃそうだよね。いちいち魔女が魔法をかけるわけないよね。
いつ奴隷になる人が出るかなんて分からないんだから、タイミングを合わせようないしね。
ってか、全部魔道具なのか。
どこにネーロさんが関係するんだろう?
ブラウが教えてくれたことだから、この情報に間違いや嘘はない。
ネーロさんが魔法を考えて、それをアスワドさんが魔道具にしたのかな?
それにしても、名前だけでどうやって発動させるんだろ?
気になったことは聞いた方が早いと思って、ポプルスを見ようと天井を見上げた。
柔らかく微笑んでいるポプルスが、視界いっぱいに広がる。
「名前を書くだけなの? そんなの奴隷を作りたい放題じゃない?」
「無理なの? でも、本当に名前を書かれるだ……あ! 名前を書かれた後に手を置いたよ。手を置いた後に首に紋様が浮かんだと思う。ちょっと熱かったから」
「それっぽいわね」
小さく頷いた時、タクサスがA5用紙ほどの大きさの厚さ5cmはある石板と真っ黒な羽根ペンを持ってきた。
石板と羽根ペンは机に置かれ、一礼したタクサスはグースの後ろに戻っている。
「これ、調べてもいい?」
「いいぞ」
石板を眺めながらグースに問うと、グースは迷いもせず了承してくれた。
何かを探るように見られている気がするけど、気にしないことにした。
石板に向かって手をかざし『サキテシ』と唱えると、石板が薄っすら青く光り、石板の周りに術式が浮かび上がる。
ポプルスたち周りの感嘆の声を聞き流しながら、腕を組みながら術式を見つめた。
「ノワールちゃん! すごっ! なにこれ!? 何の魔法!?」
「私が作った魔法よ」
名前は関係なく、石板に魔力を流した時に手に触れていた者に魔法がかかるようになっているのね。
「これって、専用のインクがあるの?」
「あ、ああ、よく分かったな。不思議なことに書いたら吸い込まれていくんだ」
目を丸くしながら答えてくれるグースに、小さく頷いた。
インクに魔力がこもっているのね。
さっきの予想は合っているかも。
術式にネーロさんの名前が組み込まれている。
ネーロさんが魔法を作り出して、普及させるためにアスワドさんが魔道具にした。
でも、どうしてアスワドさんはネーロさんに協力したんだろう?
それに、この解除の術式、わざと紋を消さないようにしてる。
何のために紋を消さない必要があるっていうの?
軽く息を吐き出すと、浮かび上がっていた術式は瞬時に消えた。
今度は、ポプルスたち大人は息を飲み、アピオスとカッシアは顔を輝かせながら石板と私を交互に見ている。
「ありがとう。面白かったわ」
「そうか。知りたいことは分かったか?」
「分かったような謎が深まったような、そんな感じよ」
「役に立てなかったようだな。悪い」
「そんなことないわ。十分助かったわ、ありがとう」
軽くお礼を言っただけなのに、突然ポプルスに強く抱きしめられた。
グースは可笑しそうに笑って、クインスとタクサスを見てから「なるほど」と呟いた。
「まぁ、ポプルスにノワールは勿体ないよな」
「あ! 呼び捨て! 俺もしてないのに!」
「好きに呼んだらいいじゃない。ポプルスだって『ちゃん』付けしなくてもいいわよ」
「そこは譲れないの。ノワールちゃんはノワールちゃんって感じだから」
「はいはい。聞きたいことは聞いたから、そろそろ帰りましょう」
「帰るのか? 酒を用意しようと思ってたんだが」
グースの残念そうな顔に、視線だけでアピオスとカッシアを見やった。
これ以上は、気を遣って空気に徹している2人に申し訳なくなる。
でも、ご飯ではなくお酒を用意したということは、グースは久しぶりに会えたポプルスとお酒が飲みたいんだろう。
だって、ノワールが飲めることは、ポプルスが手紙で教えていない限り知らないのだから。
「ポプルスを置いてくわ」
「ええ? 俺も連れて帰ってよ」
「明日の朝、迎えに来るわよ。だから、久しぶりにグースたちと飲んだらいいわ」
「うっ……ノワールちゃん、優しい。好き、大好き」
ポプルスが、泣き真似をしながら頭に頬擦りをしてくる。
「はいはい」と腕を叩くとようやく大人しく離れてくれ、グースたちに挨拶をして、庭から飛び立った。
屋敷に戻ってからは、アピオスとカッシアのお土産に泣いたシーニーと森の案内役のパランを伴って、計3人と2匹で湖に向かった。
湖の畔では、アピオスとカッシアから街の印象を聞きながら、のんびりと過ごしたのだった。
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