3 王様に会いに行く
「はぁ、食べた食べた」
満足したお腹を摩りながら、コーヒーに口をつける。
ホッとする心地が、鼻から息として吐き出される。
「ノワール様、ものすごくお腹を空かされていたのですね」
1回目のおかわりの時は喜ばれたけど、2回目の時は「本当ですか?」と驚かれた。
「美味しかったからね」
「嬉しいです」
幸せそうに目元を緩めるシーニーに、笑顔を返す。
「あ、そうだ。研究ばかりに打ち込まず、のんびり過ごそうと思うから、朝昼夕とご飯を用意してもらっていい?」
「はい、もちろんです! ノワール様が、きちんと生活をしてくださるようで安心しました」
「心配かけてごめんね。これからは、ほどほどに研究しながら過ごすよ」
嬉々として何度も大きく頷くシーニーに、苦笑いが出そうになる。
「あ、ノワール様。1つ、お耳に入れたいことがあります」
「どうしたの?」
「王から報酬が来なくなりました」
「いつから?」
「3年ほどです」
「3年か……何かあった?」
ノワールは約100年籠っていたから、その期間の世情の記憶はない。
記憶にいる王はサラワートという人だけど、さすがに人類は生きていないだろう。
「ランからの報告では王が代わったそうです。えっと、ノワール様はどこまでの王をご存知でしたっけ?」
ランは、つぶらな瞳が可愛い蜘蛛の魔物で、シーニーと同じノワールの眷属。
仕事は、主に情報収集をしてくれている。
「サラワートよ」
「では、そこから3人目の王になります。その者が即位をしてから報酬が途絶えました」
「そっか。契約違反の時の猶予期間ってあった?」
「いえ、ありません」
「うん、分かった。破棄ということで、契約を解除してくるわ」
ふと、会話の内容に対して違和感を覚えた。
本来の私なら、こんな落ち着いて受け答えする話じゃない。
「え? 王様? 報酬?」って、とりあえず1回確認してる。
すぐに契約を解除してくるなんて結論にならない。
芯の部分は私だけど、しっかりとノワールが残っているようだ。
性格を乗っ取ったと思ったけど、引っ掛かりを感じないほど実に綺麗に混ざり合ったということだろう。
融合でよかった。
ノワールの性格がなければ狼狽えて、王様相手に逃げ腰になっていたはずだから。
コーヒーを飲み終わると外に出て、指を鳴らした。
すると、ふわっと体が地面から離れる。
「すぐに戻ってくるわ」
「お気をつけて」
「いってきます」
見送りに出てきたシーニーから契約書を受け取って、巨大な木々よりも屋敷の屋根よりも高く上昇した。
初めて空を飛ぶのに慣れている感覚が可笑しくて、クスッと笑ってしまう。
「確か王城はと」と空を飛行しはじめた。
「なにこれ、気持ちいい」
スピードも出ているから怖いはずなのに一切の恐怖はなく、ただただ楽しい。
子供の頃に某アニメに胸を躍らせて、買ってもらった竹とんぼを両面テープで頭につけて何度もジャンプしたものだ。
髪の毛から剥がしてもらう時に大泣きして「もうやらない」と封印した夢が、今叶っている。
最高だ。
少しすると街が見えてきた。
興味津々で見下ろし、どこか活気がない雰囲気に首を傾げる。
記憶では、大声で笑う人が多い村だった。
ノワールの森との境目にあり、森の恩恵を受けているから裕福なはずだ。
でも、そんな風には感じない街並みが不思議で仕方がない。
「国が貧乏になったから報酬がなくなったのかな? そんなことある?」
1言呟き、奇妙に思いながらも、その場を離れた。
王城に着くまで何個かの街や村を見たが、半分ほど森の境目の街と変わりない印象だった。
残りの半分は、元気そうな雰囲気が漂っていた。
見ただけでは、どうしてそんな差が生まれているのかは全く分からない。
城下町は騒々しそうに感じたので、経済不振ではないようだ。
であれば、わざと報酬を持ってこなかったことになる。
「うーん……100年大人しかったから、なめられてる?」
面倒臭そうな案件だから、私なら絶対に尻込みして何度もため息を吐いたと思うのに、今はお仕置きしないとと少し交戦的な気持ちになっている。
楽しいことだけが好きな私と、負けん気で自信家のノワール。
私とノワールの譲れない部分の性格が残っているということだろう。
混ざれたことで、いい意味で最強になったように思える。
だって、起きてから1回も慌てふためいていないしね。
ノワールに感謝だわ。
まぁ、できれば揉めずに片付けばいいのにとは思うから、やっぱり私の我の方が強いのかもね。
王城に着くと、記憶を頼りに謁見室の窓まで移動する。
映画が大好きで、よく仕事終わりに観に行っていた。
気に入った映画は、原作を読んだりしていた。
だから、お城や騎士や侍女という映画や物語の中の登場人物たちに、ときめくかと思った。
だが、緊張感のない見張りやのんびりと巡回をしている騎士たちに、呆れた息を吐き出しそうになる。
窓から見える使用人たちに対しても、「なんか嫌味そうな人たち」と思えて、眉根を寄せそうになった。
ノワールが知っていたからという理由ではなく、私としても喜ぶ気持ちが1ミリもなかったのだ。
「うんと、ここのはず」
気配を消しながら、窓から中の様子を窺う。
「うん、当たった。で、あれが王様か。ぶっさいくだな。ってかさ、指輪やネックレスつけすぎじゃない? ダサいわー。
ん? これって悪い王様で悪政をしているから、活気がない街があるってこと? そんなベタな展開なの?」