36 アピオスの夢
庭に降り立ち、シャホルさんとルーフスに向き直った。
すぐにシーニーが駆けてきて、私の側に控える。
「庭と家の中と、どっちがいいですか?」
「ケーキがあるなら、どちらでもよい」
暴食の魔女は、偏食なく何でも食べるんじゃなかった?
いつから甘党になったんだろう?
「じゃあ、庭の方が気持ちいいので庭に用意しますね」
「すぐに用意するのだぞ」
どこか胸を弾ませているように見えるシャホルさんに、小さく笑みを漏らしてしまう。
外見に騙されてはいけないと分かっていても、美幼女が楽しそうにしていたら、どうしても気が緩んでしまうものだ。
シーニーにケーキやクッキー類をあるだけ出してほしいと頼み、ガーデンテーブルにシャホルさんたちを案内した。
「ノワールよ。人間が爆発したと言ったな」
「はい」
「森に被害はないのか?」
「結界内に閉じ込めたので、被害はありませんでした」
「ならばよい。折角の自然が損なっては勿体無いからな」
クッションを敷いた椅子にシャホルさんを促すと、シャホルさんは上機嫌ですぐに腰掛けた。
身長が低い子供の対応は、カッシアで慣れている。
穏やかな生活にカッシアの身長は伸びはじめたが、まだまだ実年齢の7歳には見えない。
大人と同じ椅子では食べ辛いのだ。
そのため、分厚いクッションを用意して座席の高さを調整している。
カッシアのクッションは、シャホルさんにも合ったようで安堵した。
シャホルさnを窺いながら椅子に座った時、シーニーがカートを押して戻ってきた。
そして、同じようにカートを押しているポプルスが、シーニーの後ろに続いている。
「あの男が貴様の男か?」
「一応、そうですね」
「なるほど。あの色なら側に置いているのも納得だ」
「やっぱり銀色は珍しいんですか?」
「貴様、コレクターのくせに知らんのか? ああ、そうか。貴様はまだ生まれてなかったな。400年ほど前に銀色狩りがあったんだ。あの時に絶滅したはずだ」
銀色狩り? なにそれ?
そんなことがあったなんて読んだことないんだけど。
「お待たせいたしました」
「めっちゃ可愛い! この子も魔女なの? 本当に? 魔女ってみんな可愛いの? 最高じゃん!」
「このバカ」と思った時には時すでに遅し。
ポプルスは、いつもの軽口を流暢に述べた後だった。
今まで魔女について注意してきた意味が全くないと言っていいほど、感動しているような瞳をシャホルさんに向けている。
ただ幸いだったのは、シャホルさんが怒らなかったことだ。
数回攻撃された程度ならシーニーのお守りが護ってくれるから、私もシーニーも慌てなかったんだけど……何もしないなんてことあるの?
そっちの方が不気味で怖いんだけど。
ルーフスも同じように奇妙に思ったのか、シャホルさんとポプルスを交互に見て確かめている。
長年仕えているルーフスからしても、怒らないシャホルさんは予想外ってことよね?
面倒臭いことになってほしくないと願いながらシャホルさんを見やると、シャホルさんは頬を赤らめて建物の方に視線を投げている。
ポプルスを全く見ていなかった。
「ノワール!!!」
「は、はい!!」
シャホルさんの勢いある大声に、反射的に大きな声で返してしまった。
「あの子たちはなんだ!? 生きているのか!?」
「あの子たち?」
首を傾げながらシャホルさんが見ていた方向に振り返ると、引っ込めただろう顔を再び出しているアピオスとカッシアがいた。
「ああ、はい。あの子たちは、私が保護した人間の子供たちです」
「人間……貴様、さすがコレクターだな! あんなにもキラキラしている人間は見たことがない! 紹介しろ!」
「分かりました」
お茶の準備を終えたシーニーに、2人を呼んできてもらった。
緊張して顔を強張らせながらも側にやってきたアピオスとカッシアは、シャホルさんを見て瞳を輝かせている。
「アピオスとカッシアです」
私の言葉に、2人は「アピオスです」「カッシアです」と丁寧に頭を下げた。
「こちらは暴食の魔女のシャホルさんよ。私の大先輩ね」
「ノワール様のですか?」
「すごい! カッコいい!」
見た目5歳のシャホルさんがノワールの先輩だと聞いて、アピオスもカッシアも羨望の眼差しをシャホルさんに向けている。
満更でもない様子のシャホルさんは椅子から降り、2人の前に立った。
「アピオスよ。私の僕にならないか?」
予想もしていなかった言葉に空気を喉に詰まらせてしまうと、ポプルスが顔を伸ばしながらも背中を撫でてくれる。
「あの、えっと、ごめんなさい! 僕、お医者さんになりたいんです。だから、本当にごめんなさい!」
ちょ! いつの間に夢ができてたの!?
教えてもらえてなかったから少し寂しい気持ちはあるけど、私は応援するよ。
元医者だったポプルスもいるんだし、3年後はポプルスについてクライスト国に行ってもいいんだしね。
最後まで師弟関係結べばいいと思うよ。
「私の誘いを断るのか?」
「え、あの、は、はい。ごめんなさい」
膨れっ面になるシャホルさんに対して、アピオスは体を縮めているし、カッシアは泣き出してしまいそうな顔でアピオスの腕にしがみついている。
私は椅子から立ち上がり、アピオスとカッシアの肩に手を添えた。
2人は、すぐにローブを掴んでくる。
「まぁまぁ、シャホルさん。お友達になるって手がありますよ」
「この私に人間と友達になれと?」
「はい。一緒にご飯を食べたり遊んだりするだけの関係って、煩わしいことを抜きにできるから素敵じゃないですか」
「一理あるか……でも、この顔を眺めていたいんだがな」
「アピオスもカッシアも可愛いですもんね。でも、たまに会うくらいが新鮮さを失わずに済むんじゃないですかね」
「言われてみたらそうだな。時々会いに来た時に、もてなしてもらおう」
それって、美味しい食べ物を用意してたらいいってことだよね?
アピオスが体を使って何かする、とかじゃないよね?
まだ子供だから、そういうのは許可できないよ。
って、ポプルスのせいで私の思考が毒されている気がするわ。
勝ち気な顔で握手を求めるシャホルさんの右手を、おずおずとアピオスが握った。
シャホルさんは2回上下に緩く振った後、カッシアとも同じように握手をしていて、築くのは健全な関係だと分かり、人知れず胸を撫で下ろしたのだった。