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2 シーニー

明らかに戸惑っていると分かる声が聞こえた。


ん? あ、そっか。

ノワールは、あらゆる物事に没頭するタイプだから、返事をしない性格だったわ。

全ての記憶を見せられて「知っている」という感覚はあるけど、思考の主体が「私」だから行動パターンも「私」になっちゃうんだよね。


「返事したよー。開けて大丈夫だよ」


「え? あ、はい! 失礼します!」


訝しげながらも緊張を纏う大声の後、ゆっくりとドアが開いた。

窺うようにそろりと顔を覗かせる初めて生で見る小さな生き物と目が合い、にっこりと微笑みかける。

瞳を大きく見開かれ、「目ん玉落ちる」と焦って手を受け皿のように差し出すと、怯えたようにズサッと後退られた。


「え? え? ノワール様? ですか? え? 笑った? 世界が滅亡する?」


いや、確かにノワールは生まれてこのかた笑ったことがなかったみたいだけどね。

だから、驚く気持ちは分かるよ。


でもね、映像を見た時に気持ちも何となく感じたから、彼女にもきちんと喜怒哀楽はあったのよ。

ただ顔の筋肉が、目の開閉と話す以外で動かなかっただけでね。


「しないよ。研究してた魔術が成功した副産物か、性格が少し変わったみたい」


本当のことを言っていいか分からないからね。

ノワールの気配は確かにあるから、私がノワールであることは間違いないしね。

超絶ややこしいけど、私は性格が変わったノワールってことでいいんだと思う。


「そ、うですか……え? 成功したんですか!? あ、本当だ……1週間前より魔力量が増えているし、魔力が穏やかになっていますね。魔力が変質するなんて信じられませんが……」


まん丸の大きな瞳で、自身の手や私の顔をマジマジと見ている。


彼の名前は、シーニー。

ノワールの眷属のゴブリンで、ノワールが住む屋敷の管理やノワールの身の回りの世話をしている。

ツルツルの頭に、尖った大きな耳に、まん丸の瑠璃色の瞳。

細いが貧相なわけではなく、そういう体質のようだ。

体にあったサイズのTシャツとズボンを着ているし、記憶からもノワールといい関係を築いていたと分かる。


というか、1週間も頭痛と吐き気に苦しんでいたということかと、少し泣きたくなった。


「シーニー、お腹空いた。何か美味しいものが食べたいわ」


「はい! 喜んで用意します!」


元気に走り去っていくシーニーの後ろ姿を見ながら、同じ方向に歩を進める。


ノワールは食べることに興味がなく、栄養ドリンクのようなものだけで過ごしていた。

シーニーがノワールのために何か作っても、研究が忙しいからと食べなかった。

シーニーが声をかけなければ、飲み物さえも取らなかったほどだ。


今回も1週間何も口にしていないノワールを気にして、声をかけに来たのだろう。

ノワールは魔女だからか、食事を取らなくても1ヶ月は何も感じないようだ。

飢えない限り自ら食べようとしなかったのだ。


なんて勿体無いんだろうと、本気で思う。

人生長いのだから、食べたことがないものなんてないほど、色んな種類を食べられるというのに。


廊下の窓から外を見て、感嘆の息を吐き出した。

窓に近づき、一面に広がる森と澄んだ青空を見渡す。


記憶映像で馴染みある景色として見た時は何も思わなかったが、直に見ると少し感動する。

こんなにも迫力がある自然を、初めて見た。

「すごい」と声に出なかったのは、感極まってもどこか見慣れた風景だからだろう。


数分眺めた後、ダイニングに向かって歩き出す。


ノワールとシーニーの2人暮らしなのに、地上4階・地下2階の大きなお屋敷だ。

まぁ、ほとんどの部屋がノワールの研究部屋、資料部屋、材料部屋等々になる。


のんびりと階段を降りて、1階のダイニングに着くと、パンとサラダとビーフシチューのようなものが並べられていた。


「ちょうど用意ができました」


嬉しそうに水を運んできたシーニーに言われ、「ありがとう」とお礼を口にしながら席に着く。

喉が乾いているから水を飲んでから食べようと思っているのに、シーニーは先ほどから固まって動かないでいる。

お水、プリーズ。


「シーニー、お礼くらいで驚かないで。今まで口にしなくても思っていたわよ」


これは本当のことなので、シーニーに伝えておくべきことだ。

ノワールは言わなくても、きちんと感謝していた。

でも、恥ずかしくて伝えられなかった。


彼女はもしかしたら今、言っておけばよかったと後悔しているかもしれない。

だから、代わりにシーニーに話しておこうと思ったのだ。


「そ、そうですか。ありがとうございます」


頬を赤らめ、照れたように微笑みながら、シーニーはようやく動き出した。


コップに注いでくれた水は果実水のようで、ほんのり甘くすっきりとした味わいだ。

酸味があるドレッシングがかかったサラダを食べ、ふんわりしているパンを口に運ぶ。


「美味しい」


シーニーは緩みそうになる口に力を入れているんだろうが、ニマニマしている表情を隠しきれていない。


「この料理は何ていうの?」


「シューフビーです」


うん、ノワールの記憶にないものは聞くべきよね。

どう味わってもビーフシチューだけど、ここではシューフビーだからね。

間違って変に距離を空けられたくない。

今までのように、ううん、今まで以上にシーニーと仲良くなりたいもの。


シーニーに対して初めから「可愛い」と思えたのは、ノワールの感覚。

私の我が勝ったけど、ノワールの性格が消えたわけでないということだと思う。

私の感覚でもシーニーはブサ可愛いけど、ノワールの感覚がなければ、きっと見たことがない生き物に戸惑っていたはずだから。


今はもう可愛すぎる性格に、めちゃくちゃ好きになってしまっているけどね。

だからこそ、バージョンアップしたノワールとして、シーニーと仲良くなりたい。ってか、仲良くなる。




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