28 付き合う
強い視線を感じて目を覚ますと、幸せそうに目尻を下げたポプルスに触れるだけのキスをされた。
「あ、そっか」
どうしてポプルスがいるんだろうって思っちゃったよ。
「何が?」
「ううん、何でもない。朝からキスしないでよ」
「夜ならいいってことだよね?」
「そういう揚げ足取り嫌いよ」
起き上がりながら上半身を伸ばすと、欠伸が出てしまう。
体を起こしたポプルスに横から抱き寄せられたので、軽く押して離した。
悲しそうな顔で見られるが、無視をしてベッドから降りる。
「ちょ、ちょっと待って! ノワールちゃん!」
「なに?」
服というか、下着は……あったあった。
「俺たち付き合ったんだよね?」
「え?」
「昨日、ものすっごく情熱的に愛し合ったよね?」
「そうね、気持ちよかったわ」
「嬉しい感想だけど、聞きたいのはそれじゃないよ。俺たち、付き合ったってことでいいんだよね? 俺を弄んだんじゃないよね? そんな気まずくなるようなことしないよね? だって、これからも一緒に暮らすんだもんね? 俺を受け入れたのに捨てたりしないよね?」
「……必死すぎない?」
「必死にもなるよー! 昨日の夜からずっと天国にいたのに、今地獄に落とされそうなんだよ! 俺、めちゃくちゃ可哀想じゃん!」
涙が溜まった瞳で睨まれ、顔が引き攣りそうになった。
えー、いや、確かに昨日の夜、流れに身を委ねて明日の朝考えようと思ったけど、そうきたか。
疑似恋愛を楽しんでいたわけじゃなくて、本気だったってことだよね?
私、「体を重ねる イコール 付き合う」っていう純粋な気持ちを持ち合わせていないのよね。
3人目の彼氏の時も、付き合う前からイチャコラしてたしね。
もちろん彼氏がいる時は彼氏一筋になるし、相手がいる人とは手すら繋がないから。
そこはきちんと守るべきところだからね。
だから、お互い1人身だし、ポプルスと付き合ってもいいっちゃいいんだけど。
でも、好きなわけじゃないしなぁ。
睨んでいた瞳を寂しそうに下げ、強く握りしめたシーツで顔を半分隠して、上目遣いで見てくる。
本当に自分の顔で、どう攻撃できるのか知り尽くしている。
これ、そういう関係でいいじゃないって言ったら「やり逃げされた」って騒ぐんだろうなぁ。
はぁ……まぁ、どうせ付き合うのもここにいる3年だけだろうし、その後は自然消滅する気がするのよね。
難しく考えなくていい、いい。なるようになる。
「はいはい、私とポプルスは付き合ったわ」
「本当!? 嘘じゃないよね!」
「本当よ。でも、イチャつくのはどっちかの部屋でだけ。いい?」
「なーんーでー?」
「風紀が乱れるし、アピオスとカッシアの教育にもよくないからよ。特にカッシアの前では自重すること」
「うーん……今までみたいに戯れつくのはいいんだよね?」
「そうね」
「分かった。守るよ」
言うなり、いそいそとベッドから降りてきたポプルスに、着ようとしていた服を取られた。
ベッドの上に投げられたので、手を伸ばしても届かない。
「一緒にシャワー浴びよう」
「自分の部屋で浴びたいから、さっさと出て行こうとしてたんだけど」
「部屋以外で引っ付けないんだから、部屋で一緒にできることは一緒にするの」
「私は早いところ用意して、昨日の話の続きをしたいのよ」
「だったら、一緒に浴びた方が効率いいよ。ほら、行こ」
「分かった。浴びながら話すわ」
「一緒にいられるなら、それでいいよ」
部屋備え付けの浴場に入り、ポプルスが壁についているボタンを押すと、シャワーヘッドからお湯が出てくる。
これは魔道具で、魔術も魔法も用いていない。
魔道具には魔法式が組み込まれていて、魔石があれば誰でも使うことができる。
魔法式とは魔法を使用するための公式みたいなもので、魔法の呪文はその公式から導き出された答えになる。
体や髪を洗い合いながら、昨日の話の続きをはじめた。
「他の魔女が介入をしてオレアが死んだってこと以外に、何か重要なことがあるの?」
「重要っていうか、オレアさんって私を誘導するためだったのかなって疑っちゃうのよね」
「何のための誘導?」
「私が森に行っている間に屋敷を攻撃するとか」
「攻撃されてないよね?」
「されてない。本当にただの嫌がらせなのかなぁ?」
「どうだろうね。ノワールちゃん以外の魔女に会ったことないから分かんないや」
「私も詳しくないしね。とりあえず、今日結界を強めて、ポプルスたちにも結界を張ろうと思ってるから」
「そんなに頑丈にする必要あるの?」
「魔女相手だからね。みんなには死んでほしくないし」
「ノワールちゃん……大好き!」
抱きついてきたポプルスの背中を「はいはい」と叩いて、離れさせた。
シャワーを使い、ポプルスにお湯をかけていく。
「結界のことで相談があるんだけどさ」
「なに?」
「それって、俺にもできないかな?」
「魔法をってこと?」
「そう、魔法! 俺、珍しい色してるから使えそうじゃない?」
「試したことないの?」
「試し方も知らないよ。運よく使えるようになった人は、王族が抱えるっていうしね」
「そうなんだ。じゃあ、同じく珍しい色のアピオスたちにも教えてみようかな」
「そうしよ。もし使えるなら将来安泰だからね」
無邪気に笑うポプルスに、はじめからどこかで魔法の授業を入れようと考えていたんだと気づいた。
アピオスたちのためだろう案に、わずかに口元を緩ませ、前触れもなくポプルスの顔にお湯をかけた。
「わっぷ」と焦るポプルスが可笑しくて声を上げると、頬を膨らませたポプルスに強く抱きしめられ擽られたのだった。