25 チグハグ
読んでいた本を閉じ、凝り固まった体を解すように腕を伸ばした。
「散歩しようかな」
呟きながら部屋を出て玄関に向かっている途中で、シーニーが慌てたように駆けてくる。
「ノワール様!」
「どうしたの?」
「森に侵入者です!」
森には幻術を組み合わせた結界を張っているため、ノワールが許可をしている生き物しか迷わずに歩けない。
それなのに、結界をすり抜けて何者かが侵入してきたと聞いて、一瞬にして緊張が体を駆け巡った。
「すぐに向かうわ。シーニーは念のため、アピオスたちの側にいてあげて」
「ノワール様と一緒に行きます」
「私は大丈夫よ。私がいない隙を狙って悪さをされたくないの」
「……分かりました」
唇を噛んで俯くシーニーの頭を撫でる。
不安気に見てくるシーニーに笑顔を見せてから外に出て、すぐに森に向かった。
背中側から、畑仕事をしているアピオスたちの方に向かうシーニーの足音が聞こえてくる。
まさかの事態だわ。
こんなことができるなんて魔女の介入があったはずよ。
本当になんてことしてくれるのよ。
憤りを感じながら森に足を踏み入れると、すぐにパランが「ボスー」と駆けてきた。
早く侵入者を見つけるため、人の目では捉えられない速さで歩ける魔法を足にかけてパランと移動し、30分ほどで地面に転がっている女性を見つけた。
転がっている女性の体には半透明な糸が巻き付いていて、ランちゃんが木からぶら下がっている。
「あれ? ランちゃん、やっつけてくれたの?」
「当たり前やないの、ご主人」
「ありがとう」
「くそっ! このっ! 卑怯者!」
誰が侵入してきたのかと思ったら……頭痛いわ……
糸を切ろうと暴れた後なのか、女性の体は土がついて酷く汚れている。
怒りで鋭くなっている顔で睨んでくるが、怖くとも何ともない。
折角の綺麗な顔が勿体ないと思うくらいだ。
「あのさ、私、ここには来るなって言ったよね? それなのに来るって、脳みそ死んでるんじゃないの?」
「うるさい! 私のポプルスを返せ!」
「いやいや。ポプルスは、あなたなんて眼中にもないって言ってたから」
「嘘だ! 私とポプルスは愛し合っている! ポプルスに会わせろ!」
「妄想癖、強すぎない?」
「妄想ではない! 何度も夜を共にしている!」
「はいはい。んじゃ、ポプルスのことはそれでいいわ。そんなことより、誰の協力で森に入れたのか教えてもらっていい?」
「私の力に決まっているだろ!」
「そういうのはいいの。いらないの」
「本当にイラつく! くそ! くそっ!」
糸から逃れようと、ずっと体をジタバタさせている。
魔法で作られている糸が、力任せで切れるわけがない。
冒険者らしいのにこんな調子でどうするのかと、ため息を吐きたくなる。
会話できないとなると、どうしよっかなぁ。
悩ましげにオレアを見ながら考えるが、「拷問」以外の案が浮かんできてくれない。
それだけは精神的に勘弁してほしくて、そうなるとと……と、オレアの記憶を魔術で覗くことにした。
「仕方がない。これは仕方がないことなの」
自分に言い聞かせて、深呼吸してからオレアに向けて手を翳した。
『サソーイヲ』
オレアの体の周りに青色の魔法陣が浮かび上がり、オレアの上空に丸い画面が現れ、映像が映し出される。
今までの人生が5秒ほどで流れるため、映像の速さは人によってまちまちだ。
そして、普通の人では、丸い穴の中をただ流星群が流れたくらいの認識しかできない。
この魔法は便利なのだが、欠点がある。
無理矢理記憶を覗くため、悪くて記憶喪失、マシだと思うのは数時間の死にたくなるほどの頭痛。
副作用がどう出るかは、人によって異なるのだ。
現に今オレアは、意識を途絶えさせている。
魔女に刃向かったオレアが悪いので、恨むなら命知らずな自分を恨んでほしい。
拷問とどっちが優しい対応なのか賛否両論かもしれないが、痛めつけていることが分かる拷問は私がしたくなかったのだから仕方がない。
5秒後にブンッという音と共に画面も魔法陣も消え、無意識に唇を噛んでいた。
「本当、腐ってるわね」
そう呟いた後、腕組みをして、息を吐き出しながら斜め上を見やる。
オレアが今まで殺してきた人たちの苦しんでいる姿、犯してきた人たちの怯えた顔、資金として子供を売っている場面。どれもこれも胸糞が悪くなる映像だった。
その中にアピオスたちの記憶もあり、苦虫を噛み潰したように顔を歪めてしまった。
ポプルスとの関係も意図せず知ってしまい、これに関してはポプルスに申し訳ない気持ちになった。
でも今重要なのは、そこではない。
ご丁寧にガッツリ記憶を消されてたわ。
記憶を消すなんていう高等魔法、私以外に誰が使えるのかしら?
記憶をぼやかすくらいなら全員できそうだけど、消すまでは無理だと思うのよね。
私だって魔法と魔術を組み合わせて、やっとできるんだから。
「ランちゃん、もしかして何匹か死んだ?」
「3匹やないの、ご主人」
「そっか、ごめんね」
「仕方がないやないの、ご主人」
オレアにつけていた蜘蛛が1匹残らず殺されているということは、徹底的に情報を隠したということ。
魔女の中の誰かということは疑いようがない。
でも、目的が分からない。
一体何のために、こんなことをしたんだろうか?
「ま、考えても分からないし、結界を強くかけ直そうかな。その前にオレアさんを運ぼっか」
指を鳴らしてオレアを浮かせようとした瞬間、オレアが爆発した。
咄嗟にオレアの周りに結界を張ったので周りに一切の被害はなかったが、オレアは粉々になって死んでしまった。
びっくりなんだけど!
目の前で人が死んだのに、全然心が動かないの!
なにこれ!
いや、痛めつけてもいいやって思ってたことにも、今信じられない気持ちだよ!
なにこれー!
え? え? 死んだ? 死んだんだよね?
なんて驚いているけど、心に波は立っていない。
私の平和を愛する心は、どこに消えちゃったんだろうか。
いやいや、平和を愛しているからこそ、オレアさんを国まで届けようと思ってたわけだし。
でも、オレアさんが苦しんでいいと思うような魔法を戸惑いもなく使ったしなぁ。
なんだか今の私はチグハグだな。
あー、やだやだ。
オレアがいたはずの空間を見ながら、深いため息を吐き出した。
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