21 本は貴重
ポプルスがやってきた次の日の昼食時に、午前中は何をしたのか尋ねてみると、朝の運動を一緒にしたそうだ。
今ではジョギングで屋敷の周りを5周も走れるようになったアピオスとカッシアだが、ポプルスは息切れもせず一緒に走りきったらしい。
「中年なのに、そんなに体力あるの。すごい」
「俺、まだ27だよ!? そんなに老けて見える? 言われたの初めてなんだけど」
「見た目は綺麗だと思うよ。そうじゃなくて、人との接し方が上手だから、それなりに年齢を重ねてると思ったのよ」
「ああ、それなら当たりだよ。奴隷になる前も、奴隷になった後も、人と接する仕事をしてたからね」
「納得したわ。国を興すなんて人脈が大切だものね」
「まぁ、その点ではよかったのかもね。でも、俺の人脈よりもグースの方が手伝ってくれる人が多かったかな」
「グース?」
「会ったんでしょ? ノワールちゃんに『いい男』って言われたって喜んでたよ」
「ああ、赤紫色っぽい人か。計算されてるような造形だったからね」
「俺の方がモテるんだけどなぁ。あ、言おう言おうと思って忘れてたんだけど、俺のことは呼び捨てでいいよ。俺とノワールちゃんの仲だからね」
そんな会話をしながら午後の予定を聞くと、屋敷の案内の後に畑作業をするそうだ。
アピオスとカッシアは時々シーニー協力の元、自分たちのおやつを作るのだが、それは明日するらしい。
カッシアが楽しそうに教えてくれたので、どうやらポプルスは怖くない人にカテゴライズされたようだ。
懐くまでは時間がかかるかもしれないが、話ができるようになって一安心である。
シーニーにアピオスたちの様子見をしてもらいながら午後を過ごし、夕食時にこんなことを質問された。
「ノワールちゃん、どうして3階や4階には行っちゃダメなの?」
「私の研究室やその資料、集めた素材とかがあって危ないからよ」
「でも、結界張ってないよね?」
「ものすっごく危険なものは地下に保管しているからね」
「へー、ご飯以外で姿が見えないってことは、今も何か研究してるの?」
「してるよ。治癒や薬についてね」
「それって成功したら、俺らも恩恵もらえたりする?」
「私の研究は自己満足のものが多いからなぁ。それに、この分野は他の魔女が得意とするところなのよね。私が手を出すと怒るんじゃないかな」
「あ、あの、ノワール様」
緊張が帯びた声で、アピオスに話しかけられた。
カッシアが畑の話をしていた先ほどまでは楽しそうに喋っていたのに、今は真剣な表情をしている。
「ん? どうしたの?」
「僕にも薬って作れますか?」
「作りたい?」
「はい、作りたいです。痛いのや苦しいの、しんどいのは本当に辛いです。だから、そんな気持ちを無くせるなら作りたいです」
暴力を振るわれていた日々を思い出していると分かり、気遣うようにいつもより柔らかい声で答えた。
「作れるよ」
「本当ですか!?」
「本当。でもね、先に読み書きや計算ができるようにならないとね」
「分かりました。頑張ります」
瞳を輝かせて力強く頷くアピオスとは対照的に、カッシアは悩むように首を傾げている。
「お姉ちゃん、わたしは?」
「カッシアも薬学を習いたいなら習えばいいよ。でも、アピオスがやるからやるじゃダメだからね。カッシアはカッシアがしたいことをするの」
「うーん、分かった。お薬はいい。何か探す」
小さく頷きながら食後のアイスを食べているカッシアを見てから、シーニーに視線を動かした。
「シーニー、私の書庫から一般的な本を満遍なく見繕って、2階に書庫を作ってあげて」
「分かりました」
「え? もしかしてノワールちゃん、ものすっごい量の本を持ってるの?」
「研究に必要だし、趣味の一環で集めてるからね」
「いいなぁ。俺も読みたい! お願い!」
両手を組んだポプルスに、強く願うように目を閉じられる。
しかも、薄く開けてチラッと見てくる。
あざといと分かっててやっている。絶対にそうだ。
「2階に作る書庫の本なら、自由に読んでくれていいよ」
「他のは?」
「他のはダメ。読むだけで死ぬとか、触るだけで呪われるとか、後知らない方がいいことが書いてるとか、そんな本が混ざってるからね。家庭教師を死なせたってなると、信用問題に関わるから無理かな」
「そっかー。それでも本は貴重だから嬉しいな」
「貴重なの?」
一般に出回っているものは、難なく手に入るはずだ。
不思議に思ってシーニーを見ると、シーニーに「ノワール様が集めている本は希少ですが、普通はそんなはずありません」と言われた。
「貴重だよ。国を超えての本の流通は少ないからね。情報規制なのか、他国の本は手に入らないのが現実だよ」
「そうなんだ。だったら、色んな国の本が揃っているから楽しみにしてくれてていいよ」
「うん、書庫ができたら1冊ずつ借りて、休憩時間や就寝前に読ませてもらうよ」
本に対して胸を躍らせているポプルスが余程興味を引いたのか、アピオスとカッシアは自分たちもたくさん読むと張り切っていた。
それならばまずは簡単なものからと、夕食後シーニーに絵本を取り寄せてもらうようお願いをし、絵本は2人の勉強に大いに役立つのだった。
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