1 魂の融合
心臓を押し潰されるような苦しみに意識が浮上した。
「っは!」
浅くて早い呼吸を繰り返し、ぼやける視界には茶色と焦茶と黒が滲んでいる。
おかしい。
さっきまで見ていたのは、真っ白な天井だった。
ベッドサイドモニタから聞こえていた激しめの音も、普段耳にしていた安定した音も、聞こえなくなっている。
「はぁ、はぁ……っつ!」
頭が割れるような痛みが襲ってきて、吐き気が迫り上がってくる。
自分の体のはずなのに、自分の体じゃないような感覚が気持ち悪い。
「った!」
頭の中に流れ込んでくる景色は誰のものなのか分からないが、膨大な量が早送りで進んでいく。
映像の感想なんて出てこない。
ただただ流れていく。
あまりの頭の痛みの酷さに意識を失い、再び目覚めるとまた頭痛と吐き気がする中で映像が流れる。
そんな苦しみを数回繰り返すと、ようやく何もかもが落ち着いた。
そして、呆然としてしまう。
「……嘘でしょ」
この体の持ち主の名前は、ノワール。
リアトリス国と契約をしている魔女。
黒目黒髪のまつ毛が長い超絶美少女。
見た目は18歳くらいだが、年齢は390歳。
私は390年分の記憶を見せられたため、長い時間苦しめられていたということだ。
最後に見せられた景色は、今目の前に広がる天井と同じ天井。
右手を目の前に持ってくると、見たことない綺麗な手。
本来の私の手は、もう持ち上げることもできなかった。
病気が発覚した時はすでに手遅れで、両親には「どうしてうちの子が……」と泣かれた。
私も「どうして私が!」と思ったけど、ただの疲労だと思ってた体調不良を放っておいたことが悪かったんだと思う。
だってさ、病院って平日に休み取って、長時間待たなくちゃいけなくて、その日に原因が分からないと検査や診察が入るから、また休みを取らなくちゃいけなくて……とにかく面倒臭いから行きたくない。
別に休みが取れない職場じゃなかったし、残業はあるけど多いわけじゃなかった。
でも、休みを使うなら病院じゃなくて、遊びや旅行に使いたかったというのが本音。
だから、自分の体を後回しにした。
遊んでいる時は元気だし。
まぁ、その後は信じられないくらい体が重くなるんだけどね。
若い時とは違うよねぇって軽く思っていた結果が、発見するのが難しく進行が早くて死亡率が高い膵臓がんだった。
聞いた時は頭の中が真っ白だったけど、どこか他人事で、泣いている家族や友人の姿に「ああ、私病気になっちゃったのか」と実感した。
じわじわと恐怖を覚えたけど、それよりも頑張らないとと心を強く持つことに必死だった。
勝てなかったけどね。
闘病生活中に、家族にも友人にも感謝は伝えている。
何度も「ありがとう」と言えた。
最後は掠れた声だったとしても、大切な人に届けられて後悔はない。
30歳に満たない短い人生だったけど、ものすごく楽しかった。
でだ、私は死んで、ノワールという魔女として生き返った。
生き返ったとは違うな。
ノワールが行った魔術のせいで、私はこの体に入っちゃったんだし。
大きくて深いため息を吐き出す。
ノワールの記憶が、彼女の全てを教えてくれた。
彼女は強欲の魔女で、探究心が半端なかった。
後、色んなもののコレクションも。
目を背けたくなることもしているけど、人は殺していないようでよかった。
彼女がここ100年ほど研究をしていたのが、魔力を増やす方法だ。
新鮮な死んだ魂を呼び寄せ、その魂を魔力として取り込むことで増やそうとした。
ただどんな魂でもいいわけではなく相性があるようで、何度も何も起こらないという失敗をしていた。
そんな中、私の魂との相性がよかったのか私が呼び寄せられ、挙句、体を乗っ取ってしまったようだ。
少し違うか……
彼女の魂の気配はある。
ただ、主体というか、魂を占める割合が私の方が大きい。
記憶からの感覚だけだけど魔力が増えたんだと分かるから、2個の魂はきちんと足し算されたということだ。
また大きくて重たい息が口から出ていく。
私の『我』がどれだけ強いのか身に染みる事件だよ、これ。
魔女に勝つって、どうなの?
ないよ。本当にない。
ただの人間が起きたら魔女でした。てってれーん、なんて……
もう戻れる体もないし、私が抜けたらこの体も死んじゃうだろうから抜けるのもなぁだし。
そもそも現状を打破する知識は、私にもノワールの記憶にもない。
私の魂だけを切り離すことはできないってことだ。
どうしようもないということ。
今度は諦めたように小さく息を吐き出し、「よっこらしょーいち」と言いながら起き上がった。
ここでずっと悩んでいても仕方がないし、第2の人生が始まっちゃったしね。
そもそも魔法陣を発動させたノワールの自業自得だし。
私に一切の責任はないから、新しい世界で楽しい生活を送らせてもらおう。
とにかく自由気ままに生きていいみたいだしね。
そうと決まればと立ち上がり、部屋から出ようとした。
ドアノブに手をかけたが、どうしても魔法陣が気になる。
「これをこのままにしていていいのか」という不安が湧き起こり、悩むように魔法陣を見やった。
この家、結界内にあるみたいだから、誰かに悪用される心配はないだろうけど、もしもがあるとなぁ。
うん、壊そう。
私にこの魔法陣は必要ないもんね。
ノワールの血と魔物の血で描かれている魔法陣に手を翳し、『コヌチル』と唱えると空中に青色に光る文字でノワールと浮かび上がった。
その文字が強く光ると、床一面が青く輝き、一瞬にして埃一つない綺麗な床に変わった。
「すご……」
まじまじと魔法を使った手のひらを凝視してしまう。
ノワールは幾度となく魔法を使ってきているが、私は初めてだ。
もちろん創作上のモノとして知識はあったから、「魔法って何?」とはならないし、どちらかというと感動する類のモノになる。
でも、今は感動よりも驚きが勝っている。
凄すぎて、何が起こったのかの理解が追いつかないのだ。
一所懸命頭の中を処理しようとしていると、ドアがノックされた。
「あ、はい」
反射的に返事をすると、明らかに狼狽えていると分かる声が返ってきた。
「え? え? あ、あの、え? ノワール様? え? 返事しました?」
初回投稿ですので、5話まで投稿します。