15 家庭教師
「大変失礼いたしました」
クインスが、深々と頭を下げてきた。
「クインスさんが悪いわけじゃないから気にしないで」
「だよねぇ。無理矢理ついてきたんだから、静かにしてほしいよねぇ」
ポプルスの言葉にオレアが辛そうに顔を歪めたので、きっとオレアのことなのだろう。
言い合えるほど仲がいいと思ったけど、本当はそこまで仲良くないのかもしれない。
だとしても、私には関係ないことだ。
だから、聞こえなかったふりをする。
「それで、私と契約をしたいということでよかった?」
「はい。我々の願いとしましては、クライスト国に結界を張っていただきたいのです」
クインスが、顔を強張らせながら伝えてきた。
「対価は何?」
クインスの唾を飲み込む音がはっきりと聞こえ、オレアは何故か刺すように見てくる。
ポプルスだけは、ずっと笑顔のままだ。
「お願いばかりで恐縮ですが、クライスト国は建ったばかりでして国力がありません。ですので、数年お待ちいただきたいのです。国が回り始めましたら何だろうと必ずお支払いいたします」
「何でもいいの?」
「はい」
「それが、命や土地でも?」
クインスは、息を詰まらせてしまい何も返してこない。
返事を待つ間にクッキーを食べようと手を伸ばした時、オレアが勢いよく立ち上がった。
「ほら見ろ! 魔女なんてのは人を人と思ってないんだよ! 心がないんだ!」
「オレア!!」
クインスが慌てて立ち上がり、オレアの肩を掴んだ。
ポプルスは、呆れたように息を吐き出してオレアを見ている。
いやー、ね。オレアさん、魔女を嫌いすぎじゃない?
それでよくついてこようと思ったよね。
ん? あれか? ポプルスが好きで離れたくないから一緒に来たとか?
マジか? って思うけど、私もそれなりに恋愛してきたからね。
雰囲気読めるわけよ。
だから、きっと合ってるわ。
私、冴えてるわー。
「私は、何でもと言われたから尋ねてみただけよ。無理なら無理と言えばいいのよ」
「そうなの? だったら、命とか土地は無理だねぇ。自由を求める国が生贄の国って呼ばれちゃうから」
「分かったわ」
おどけたように言ってくるポプルスに素直に頷くと、オレアが気が抜けたように腰を落とした。
クインスは、肩から力を抜きながら座り直している。
「ねぇねぇ、ノワールちゃん。魔女は命や土地って欲しいものなの?」
クインスが「もうやだ……」と頭を抱える姿が、気の毒に見えてきた。
それでも一応ポプルスに「馴れ馴れしくするなよ」と注意しているが、当のポプルスは「怒ってないっしょ」とケラケラ笑っている。
「話し方は何でもいいわよ。会話できればいいから」
「ほら、優しいじゃん」
「お前は……はぁ……」
頑張れ、クインス。
心を強く持って、クインス。
ってか、ノワールと私が混じった後でよかったね。
ノワールだけだったら、腕1本くらい無くした状態で森から追い出されてるよ。
「命や土地の話よね?」
「うん、そうそう」
「いらないよ。欲しいと思ったことないしね」
「なっ!」
「やっぱりねぇ。そうだと思った。俺らを試しただけ?」
途中、驚きの声を上げたのはオレアだ。
目がつり上がっているので、相当怒っているように感じる。
「試したというか、ちょっとした忠告かな。他の魔女相手なら、すでにあなたたち3人死んでるよ。魔女相手に『何でも』という言葉は、使ってはいけない言葉だから」
「なるほどねぇ」
「ふざけるな!」
「オレア、いい加減にしろ!」
「どうして! 魔女が悪いんだろう! こっちは必死なんだよ! それなのに適当ばっか言って話を逸らしてんだ!」
いやいや、オレアさんが邪魔しなければ、もう少しさくさく進んでるよ。
「どこがだ! お前が叫んで邪魔してんだろ! もう話すな!」
「本当、キーキーうるさい女って最悪」
すごっ! 泣きそうな顔で黙った!
えー、そんなにポプルスがいいの!?
こんなにも胡散臭い奴の何がいいの!?
「ノワール様、本当の本当に申し訳ございませんでした。話を続けさせてください」
「うん、そうね。実は、こちらからもお願いしたいことがあって」
「なになに? それで結界張ってくれるの?」
「うん、張るよ」
「それは何でしょうか?」
真っ直ぐ見てくるクインスと、愉快そうに見てくるポプルスが対照的だった。
オレアは、俯いていて表情は分からない。
「3年間家庭教師をしてくれる、優秀で優しい人を派遣してほしいの」
「……家庭教師ですか?」
そう、アピオスとカッシアの家庭教師!
募集して面接をする手間がなくなる。
結界の報酬なんだから変な教師を送ってこれないだろうしね。
いい考えだわ。
「食事と住む部屋はこっちで用意するけど、賃金の発生はなし。でも、来てもらう3年間は、その人に必要なものは用意するわ。そして、3年経った後は他の国と同じように金銭と食料を要求。どう?」
「最高にいいじゃん。本音は5年欲しいところだけど、3年でも猶予があるのは有り難いからね」
「ポプルスの言う通りですが……しかし、どのような家庭教師をお望みですか?」
「読み書きや計算、お金のやり取りや護身術。後、生きていく上で大切なこととかかな」
「え? ノワールちゃん、できないの? 嘘でしょ?」
「私じゃないよ。家にいる子供たちの教師が必要なの」
クインスとポプルスがきょとんとして、俯いていたはずのオレアは訝しげに見てきた。
話し合いは続き、来週一悶着起きる予定です。
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