14 クライスト国からの使者
パランに迎えに行ったもらった人族がやってきたと、シーニーが呼びに来た。
屋敷に入れるかどうか悩み、結局入れないという選択をしたそうだ。
今は庭のガーデンスペースで寛いでもらっているとのこと。
読みかけの本に栞を挟んで、シーニーを連れ立ってクライスト国の使者に会いに向かった。
使者を認識できる距離まで来ると、向こうも気づいたようで椅子から立ち上がっている。
私が到着するまで頭を下げているつもりなのか、使者3人は深く腰を折った。
「案内してきたッス」
「ありがとう、パラン」
「お安い御用ッス」
駆けてきたパランは、私の邪魔をしないように周りを行ったり来たりしている。
空から降りてきたブラウに「落ち着きなさいよぉ」と言われていて、小さく笑ってしまった。
会議場所になるテーブルに到着し、頭を垂らしている3人の後頭部を見やる。
「遠いところ来てもらって感謝するわ」
「いえ! こちらこそ話し合いの場を設けていただき、誠にありがとうございます!」
紫色の髪の男性が真ん中にいる。
聞き覚えのある声だったので、王城で声をかけてきた男性と同一人物だろう。
「頭を上げて」
ゆっくりと姿勢を正す3人を観察しながら、椅子に座った。
3人にも座るように勧め、シーニーが手早く用意してくれたお茶で喉を潤す。
「えー、マジで! めっちゃ可愛いじゃん!」
「ばか! 止めろ!」
透き通る銀色の長い髪に濃い銀色の瞳をしていて、あでやかな雰囲気を醸し出している男性が軽く声を上げた。
紫色の男性も整った顔をしているが、銀色の男性は人外と思うほど綺麗な顔をしている。
紫色の男性が銀色の男性の頭を叩いて止めたのを、拗ねたような顔で見たのは緑色の短髪に緑色の瞳をしている女性だった。
こちらも朱唇皓歯という言葉がぴったりな美人だ。
「ノワール様、本当に申し訳ございません。優秀な奴ではあるんですが、どうも可愛い方を見ると浮かれてしまいまして」
「気にしないで。クライスト国の使者の方たちで間違いない?」
「はい、そうです」
「名前をうかがっても?」
「もちろんでございます。私は、クインスと申します」
さっきからずっと受け答えをしている紫色の男性が代表なのだろう。
名前は、クインス。
ランちゃん情報だと、クライスト国の中心人物の1人。
「俺は、ポプルス。よろしくね」
銀色の髪の人に、ウインクをしながら言われた。
彼もまたクライスト国の中心人物になる。
「申し訳ございませんが、私は名乗りたくありません」
緑色の髪の人に頭を下げられた。
会話する上で名前を知っていた方が困らないと思っただけで、知りたいわけじゃない。
構わないと伝えようとする前に、ポプルスがクインス越しに女性に声をかけた。
「オレアってば、何気取ってんの?」
「ポプルス! 貴様、名前を!」
「あ、ごっめーん。言っちゃった」
惚けた顔をしているが、きっと確信犯だろう。
真ん中に座っているクインスは、疲れたように息を吐き出している。
「2人ともいい加減にしろ」
本当にねぇ、何しに来たんだか。
「俺は謝ってるじゃない」
「どこかだ! 貴様のそういう所が気に食わん!」
「なーに言っちゃてんの。俺のこと好きなくせに」
「それとこれとは別だろ!」
「はぁ……どうでもいいから言い合うなよ……」
いや、そこはどうでもよくないでしょ。
ってか、好きなの?
見た目よくてもチャラいよ?
絶対、女泣かせてきてるよ?
何がいいの?
「それに、名前くらいよくない?」
「貴様は危機感が足りないんだ! 魔女に呪われたらどうする!」
あーね、呪いね。
できないこともないけど、面倒臭いからやらないよ。
見た目と話し方にギャップがあるオレアも、クライスト国の中心人物になる。
クライスト国を興すにあたり、中心となった人物は10人。
その内の1人が王になり、残り9人は側近として重要な役職についている。
今ここにいるクインス・ポプルス・オレアは、9人のうちの3人だ。
クインスが出会った時に言っていた「してほしいという契約」は、結界のことだろう。
魔物が活歩している世界で、結界があるとないとでは安全性が違ってくる。
だから、魔女と対等に話し合える豪胆な人物がやってきたんじゃないかな。
度胸がすわりすぎているのも、どうかと思うけどね。
クインスたちの言い合いが終わるのを待つことにして、のんびりとお茶を飲みながら3人の首元を見た。
黒い布が巻かれている。
ランちゃん調べで、クライスト国の人たちの首には1周から3周の荊模様があるそうだ。
酷い扱いを受けて立ち上がったというか逃げたというか、そういう奴隷たちが興した国がクライスト国になる。
もちろん刑期を終えた人もいる。
でも、そういう人たちの首からも、荊模様は消えず残っているそうだ。
それを隠すために布を巻いているとのこと。
ちなみに、中心人物10人は刑期を終えている人たちで、刑期中の扱いの酷さに奴隷を助けるために立ち上がったらしい。
まぁ、国を興せるほどの人たちなんだから、知能が高かったり、力が強かったり、魔法が使えたりするんだろう。
なんたって奴隷契約のせいで、雇い主から一定距離離れるか、死ねと命令されたら命を落とすことになるのだから。
それを解除できる者がいるということになる。
言い合いを聞いているのに飽きて、つい欠伸をしてしまった。
暇だったんだから許してほしい。
使者の3人は体を揺らし、気まずそうに姿勢を正している。
尤もポプルスだけは、ニコニコ顔で視線を送ってくる。