12 散歩
1週間何もしないと言っても、元奴隷の2人はじっとしていられないのかソワソワしている。
アピオスは、命令がないと動いていいのかさえ分からないようだ。
カッシアは、自由に動ける環境に慣れていないせいで不安そうにしている。
そんな2人に「まずは、体力をつけよう」と提案した。
体を労らせたかったが、動いている方が安心するのなら休ませるほうが酷ってもんだ。
どれくらいなら動けるだろうと考え、朝食後は30分休憩をし、発声練習を終えたら家の周りを5周歩く程度にしてみた。
大きな屋敷なので、結構な距離になる。
昼食までに時間が残れば休憩をし、午後からは草むしりをする。
魔法で一瞬だからシーニーが定期的に草刈りをしてくれているが、裏庭の一角に畑を作るため、その作業を1からしてもらうことにしたのだ。
これも、2人が生きていくために必要かと思って考えたことだが、恩着せがましくなると嫌なので2人には伝えていない。
30分作業をして10分休憩を繰り返させることにし、無理のない範囲を体に馴染ませてもらおうと思っている。
窓から楽しそうに草むしりをする2人を眺めながら、増えるだけ増え続けた本の1冊を読みはじめた。
研究に没頭すると読む時間がなくなるため、アレもコレもと手に入れているのに目を通したことがない本がたくさんあるのだ。
ノワールは魔術の研究を主にしていたけど、次は治癒関係の研究に変えていいかもと思っている。
なぜなら、心穏やかに探究できるものがいいからだ。
誰かを巻き込むような、誰かを害してしまうかもしれない魔術は、私的に気持ちがいいものではない。
治癒関係なら安心して励める。
それに不思議なことに、魔女は一瞬で治せる治癒魔法を使えるが、魔女以外治癒魔法が使えないのだ。
そもそも魔法自体使えるのは、基本一部の魔物や亜人だけになる。
稀に人族でも使える者が現れるが、そういう人物は何かしらの血を受け継いでいたりする。
魔法が使えない者でも、魔法式を組み込んだ魔道具があれば生活を楽にすることはできる。
だが、治癒関係の魔道具は存在しない。
今まで興味がなかったから、魔法式を組み込める素材がないのか、高度な魔法になるので根本的に組み込めないのか分からない。
存在しないものを作り出すことの達成感は、ノワールにとって何事にも変えられない喜びを与えてくれるものだ。
それもあって、私とノワール両方が喜べるものとして、手を出していなかった治癒関係を調べてみてもいいかもと思ったのだ。
魔道具が無理だとしても、幸い信じられないほど素材が揃っているので、魔女印の薬を作りたいだけ作ってもいい。
でも、治癒や薬を専門とする魔女・魔道具を専門とする魔女がそれぞれいるので、表に出すつもりはない。
「われ、なに荒らしとんじゃい!」と喧嘩になったら面倒臭い。
※話し方はイメージです。実際はそんな話し方をしません。
害にならない研究の達成感が欲しいだけなので、ただの自己満足でいいのだ。
そんなこんなで、とりあえずの1週間が過ぎた。
アピオスとカッシアに、ここでの生活はどうかと尋ねたら「楽しい」と返ってきた。
少し明るくなった2人は見て、次は3週間様子を見ることにした。
1ヶ月あれば生活にも慣れるだろうし、体力も戻っているんじゃないかと思っている。
「ねぇ、2人とも。私、今日は森を散歩しようと思うんだけど、一緒にどう?」
「いきたい!」
「僕も行きたいです」
更に10日ほど経つと、アピオスは普通に話せるようになった。
まだ時々詰まることはあるが、午前中の発声練習以外でも可能な限り喋るようにしていた賜物だ。
頑張ったと胸を張っていいと思う。
それに、シーニーとブラウとランちゃんとも仲良くなっているようで、畑作りの合間に楽しそうに話している。
その効果もあるような気がする。
みんなの仲がいいと屋敷が賑やかで気持ちが和む。
「ノワール様、森を歩くならパランをお連れくださいね」
「そうね。湖まで道案内してもらうわ」
シーニーに用意してもらったお弁当を持って、はっきりと区切られている庭と森の境目に到着すると、「パラーン」と少し大きめな声で呼んだ。
すると、数分後に前方から物凄い勢いで小動物が近づいてきた。
ザッという音を立てて、足元で止まった小動物は紺色の瞳を輝かせながら私を見てくる。
「俺を呼んだッスカ? ボス、俺を呼んだッスカ?」
「うん、呼んだよ。久しぶり。元気だった?」
「わーいッス! 元気ッス!」
私の周りをジャンプするように走り回るのは、全長30センチほどのハリネズミだ。
名はパランといって、パランもノワールの眷属で、縦横無尽に走れる森に住んでいる。
ブラウとランちゃんは情報収集が中心の眷属だが、パランは戦闘要員の眷属になるのでハリネズミだからと油断するとすぐにあの世行きになる。
ノワールの眷属は後2種族いて、狸のカエルレウムと狐のキュアノエイデスになる。
この2匹は、あらゆる種族に化けて冒険者活動をしながら、ノワールのコレクション集めをしてくれている。
呼んでも気軽に会えない眷属で、100年に1度ふらっと顔を見せにくるだけだ。
「湖に案内してほしいんだけど、先に紹介しとくね。一緒に住むことになったアピオスとカッシアよ」
「知ってるッス! ボスが決めたことだから反対しないッス!」
パランが2人に「よろしくッス」と言うと、2人は「お世話になります」と丁寧に会釈していた。
シーニーが教えたのかな?
そのうち家庭教師が必要だと思ってたけど、シーニーにお願いした方がいいのかな?
でもなぁ、シーニーの仕事が多すぎて、これ以上はブラックすぎるんだよね。
やっぱり魔女の家でも来てくれる人を探さなきゃな。
来てくれる人いるかなぁ。
パランの案内で、適度に休憩しながら湖に向かった。
アピオスとカッシアは神秘的な森に忙しなく顔を動かしていて、着いた湖では感嘆の声を上げていた。
私もひっそりと「ほう」と漏らした。
湖の反射効果なのか、見える景色全てがキラキラと輝き空気が澄んでいて感動する。
記憶にあっても初めての感覚に近いのは、ノワール自体がこの場所に来るのが250年ぶりくらいだからだろう。
どうして頻繁に来て心を休めなかったのかと不思議で仕方ない。
パランも一緒に全員でシーニー特製のお弁当を食べた後は、アピオスとカッシアは湖を覗き込んだり湖畔を歩いたりと楽しそうにしていた。
私は、私の膝の上に乗って眠ったパランを撫でながら、和気藹々としている2人を眺めていた。




