123 ポプルスと瓜二つ
さて、私はこの子とのコミュケーションを試してみようかな。
「こんにちは」
反応なしね。
「ねぇ、空を飛びたいと思ったことはある?」
銀色のまつ毛が、揺れたような気がする。
ポプルスの今の年齢から逆算して考えれば、この子はカッシアより1歳年下の7歳になるはず。
7歳の少年なら、夢物語に心が惹かれてくれるはず。
「今から私と空の散歩をしましょう。きっと楽しいわよ」
また、まつ毛がピクッと動いた気がする。
でも、気がするだけで、私が入ってきた時と今と、この子は何も変わらない。
ずっと椅子に腰かけているままだ。
長さが不揃いの薄い銀色の髪、光を宿していない深い銀色の瞳。
きっとポプルスの子供の頃に瓜二つだと思う面持ち。
どこからどう見ても、ポプルスの子供だ。
逆にルクリアの血なんて入っていないんじゃないかと思える。
あ! 奥さんの名前を聞くの忘れてたな。
まぁ、いっか。
後でこの村のことを、ランちゃんに詳しく調べてもらおう。
まさかこんな謎があるなんて思っていなかったから、ここは何も調べていないはずなのよね。
玄関のドアだろう音が聞こえて、男性がやっと外に出たんだと分かった。
男性がある程度の所まで逃げたら、姿消しを解除しようと思っているので、上空から男性を監視しないといけない。
自分と子供にも『サオニムサ』と唱えて姿を消し、この部屋に唯一ある窓から浮いて出て行こうとした。
「窓が開かない? どうして?」
木を打ちつけられているとかじゃない。
鍵さえ見当たらない変哲もない窓だ。
それなのに、ビクともしない。
奇妙すぎる窓に『サキテシ』をかけると、魔法式が浮かび上がった。
魔法使いが施した? なんて、考えるほどバカじゃないわよ。
魔法式に名前がなくても、こんなのネーロさんかカーラーさんでしょ。
あの2人、一体何のためにこんなことを……
って、考えるのは今じゃないわね。
先に屋敷に帰ろう。
子供を連れ出すのなら、男爵令嬢の様子を見に行くことできないものね。
なんだか私の予定って、立てるだけ無駄なような気がするわ。
窓にかかっている魔法を解除し、念のため、子供にも魔法がかかっていないか調べる。
結果、子供には、ご丁寧に位置情報をどこかに送る魔法がかけられていた。
へー、私がポプルスにかけた魔術って、魔法でも可能なのね。
私の魔術の劣化版っぽい式だわ。
まぁ、位置共有のみだと、そうなるわよね。
「男性にもかけられているのかもな」なんて考えながら、位置共有の魔法を解除した。
その途端、子供の右の二の腕で、小さな爆発が起こった。
「ちょ、ちょっと!」
勢いよく袖を引きちぎると、二の腕の真ん中から細い煙が登り、血が流れていた。
しかも、服で見えていなかった部分には、アザがいくつもある。
「魔道具を埋め込んでいたの……」
きちんと確認しなかった自分が悪いと分かっている。
体に魔道具が埋め込められている考えに至らなかった、私が悪いと。
でも、だけど、それよりも、小さな子供の体に魔道具を埋め込むという所業に、腹が立ってくる。
しかも、壊れたら爆発して知らせる仕組みとか、腑が煮え繰り返りそうになる。
子供を、何だと思っているのだ。
生きている人を、何だと思っているのだ。
魔女だからって、高飛車でいるのも大概にしろ。
「はぁ、怒っている場合じゃないわね」
肉が抉れるほどの怪我をしたのに、この子は泣きもせず、表情も変えず、声すらも上げなかった。
一体どう過ごしてきたら、感情を失い、ただ息をしているだけになってしまうんだろうか。
どれだけ辛い人生だったんだろうかと、目頭が熱くなる。
「私の不注意で、怪我させてしまってごめんね。すぐに治すわ。『ニーロク』」
一瞬で怪我を治すが、やっぱり反応はない。
もう一度「ごめんね」と謝りながら、頭を撫でた。
今度こそ窓を開けると、数人の村人が慌てた様子で家の中に入ろうとしている姿が見えた。
階下から乱暴にドアが開けられた音、ドタバタと走っている足音が聞こえてくる。
もう誰にも姿は見えないが、部屋に入って来られる前にと、子供と一緒に窓から外に出た。
部屋の中が見える位置で浮かび、焦って飛び込んできた村人たちを眺める。
早い到着ね。
本当にあの男性が言ったように、生きている価値がないと思って扱っているのなら、村から出て行っていいはずだし、位置情報が分かる魔道具なんて埋め込む必要はない。
とすると、死なさなければ何をしてもいいという条件を、ネーロさんかカーラーさんから出されているのかも。
「いない! どこ! あの子が必要なのに!」
「ルクリア、落ち着け! 大丈夫だ! すぐに見つかる!」
ん? あの人がルクリアなの?
グースの評価通り可もなく不可もなく、地味じゃないけど飛び抜けて綺麗でもない、大勢の中に溶け込める顔なんだけど。
「でも、でも、居場所が分からなくなったわ。あの子を育てないと、高く買い取ってくれるって約束してもらったのに」
「分かっている。だから、村の全員で協力してきたんだ。ルクリアの努力は、みんな分かっている」
というか、生きて動いて、男の胸で泣いているわね。
見たくないキスシーンまで見ちゃったじゃない。
あなた、今、人妻じゃなかった? 貞操概念なさすぎだわ。
はぁ。
意味不明すぎて、私と人種が違いすぎて、もう何も考えたくないわね。
全部、シーニーたちに任せよう。
この村、壊したっていいんだしね。
逃げているはずの男性を探すと、一心不乱に森の中を駆けている所を発見した。
村人たちが男性を追いかける様子はなかったし、家にいなかった男性のことを気にかけてもいなかった。
だから、彼には魔道具は埋め込まれていないのだろう。
10分ほどと思ったがサービスで20分に拡大し、もう大丈夫だろうと思うところで、男性の姿消しの魔法を解いた。
それと同時に自分たちの姿消しも解除し、空を飛んでも表情を変えなかった子供と一緒に、屋敷に戻った。
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