121 おかしな話
シーニーたちにアピオスとカッシアをお願いして、私は1人でポプルスが育った村、パパウェル村にやってきた。
グースに「行く時は一緒に」と言われていたが、きちんと約束したわけじゃないので、迎えに行っていない。
さくっと調べて、さっと帰りたい時は、1人行動に限るからだ。
「エッショルチア国の端っこもいいとこね。これなら閉鎖的って言われても納得だわ」
グースの話に「隣の村が」みたいなワードがあったが、そう表現しただけだろう。
馬車で何日かかるの? と思うほど、村と村は離れている。
それにきっと、数日前にエッショルチア国とガーデニア国が開戦したことも知らないだろう。
それほどまでに、この村以外何もないところだ。
「あ、しまった。やっぱりグースを連れて来たらよかった。どの家に住んでいたか、全く分からないわ」
後悔の息を吐き出しながら肩を落とし、髪と瞳の色を茶色に変える。
村から少し離れたところに降り、堂々と歩いて村の中に入った。
本当に、田舎の村って感じね。
似たような家ばかりだし、お店というお店が見当たらない。
ただ住んでいる人は多そう。
空から大きな畑が見えたから、自給自足に近いんだろうな。
「うわー、綺麗な人ー」
道の端で遊んでいた男の子に声を上げられ、自分で自分を指した。
瞳を輝かせながら頷く男の子が可愛くて、つい頬が緩んでしまう。
「ありがとう」
「お姉さん、どこから来たの?」
「遠いところからよ。さっきこの村に着いたの」
「そうなんだ。だから、初めて見るんだね」
辺鄙なところにある村だ。
村の規模も、決して大きいモノじゃない。
住んでいる人たちは、みんな顔見知りなんだろう。
「あれ? でも、乗合馬車の到着って、明日じゃなかったっけ?」
「そうね。でも、私は強いから1人で動けるの。すごいでしょ」
「すごい! じゃあさ、お姉さん、化け物を倒してよ」
「化け物?」
村を襲う魔物でもいるのかな?
「うん! 村の端っこに住んでるんだ。変な色してて気持ち悪いんだって。お父さんもお母さんも、化け物の子って言ってるんだよ。だから、悪い奴なんだよ」
変な色? ポプルスが居た時ならともかく、今はもう珍しい色の人間は住んでいないはず。
「こら、セントラ。あの家族については、無闇に話したらいけないって言っているだろ」
「あ! 兄ちゃん!」
体躯ががっしりしている青年が、斜め後ろから現れ、子供の頭を軽く叩いた。
子供の言葉から、2人は兄弟なんだろう。
それに、青年の面持ちは、話していた子供とよく似ている。
「は? ……すっげー可愛い……あ、あの、俺、ディセンっていうんだ。君は?」
「ルラキよ」
「ルラキちゃん。いい名前だね。この村にはどうして来たの?」
「昔お世話になったお医者様が、この村にいるって聞いたの。それで、お礼を伝えたくて来たんだけど、家が分からなくて」
「あー、それって、おじいちゃんのお医者さん?」
ん? どうしてポプルスの育ての親の方を言うんだろ?
この子の年齢じゃ、ポプルスの方が印象強いんじゃないの?
「ううん、違うわ。若い男性だったもの」
「しー! ダメだよ、ダメ。その人の話は禁句なんだ」
「どうして?」
首を傾げると、ディセンは顔を近づけてきた。
ぶつかってしまいそうな位置にある顔には、下心がはっきりと見て取れるが、情報には変えられないので、大人しく受け入れる。
「ルラキちゃんの恩人を悪く言いたくないけど、実はね、その人、ギャンブルと女を買うために借金をしていたらしくて、借金奴隷に落ちちゃったんだよ。だから、もうここには居ないんだよ」
これまた、おかしな話になってるわね。
「どうして話してはいけないの?」
「いや、その人の奥さんと子供がまだ住んでてさ。去年移住してきた学者と再婚して、奥さんは幸せに暮らしているんだよ。子供はみんなから嫌われていて、居ないものとして扱われているからね。あんな男の子供として生まれてきて可哀想だよね。奥さんも生まなきゃよかったのに」
反射的に目の前の男を殴りたくなったが、なんとか堪えた。
それに、よく分からない単語が並べられていた。
ルクリアは死んで、子供は消えたはず。
どうして無事に生まれて、2人は生きているんだろう?
「その人の家って分かる?」
「行くの?」
「診療代をきちんと払いたいのよ。無理矢理渡せば、子供の費用にあててもらえるでしょ」
「優しい。俺、君みたいな子を待ってたんだ。俺と付き合わない?」
顔を近づけさせたから、調子に乗ったようだけど、私は好みに五月蝿いのよ。
ポプルスやグース並みの見た目になってから、出直してこいだわ。
微笑みながら、ディセンの肩を押して離れさせる。
「私、婚約者がいるの。ごめんね」
「一緒に来ていないよね? じゃあ、今日だけでも」
「そういう不義理なことはしないの」
「バレないって」
「しつこいわね。私、ブサイクは嫌いなの」
手を軽く振りながら、ディセンたちに背を向けて歩き出した。
家を聞けなかったが、他の人に尋ねれば、すぐに分かるだろう。
ポプルスの話が禁句なら、移り住んだ学者の知り合いという体で質問すればいい。
その考えは当たっていて、道端で井戸端会議をしていた夫人たちが丁寧に教えてくれた。
ポプルスが住んでいた家ではないかもしれないけど、奥さんとその子供が、本当にルクリアと、ポプルスの子供なのか確かめておきたい。
見た目を覚えて、グースに聞きに行こう。
それで、もし間違いなくルクリアなら、グースの記憶がおかしいのか、ルクリアが人間じゃないのか、になる。
消えた子供が気になって、調べられたらと思って来ただけなのに、どうして動けば動くほど事態が絡まっていくのか……本当に奇怪すぎて嫌になる。
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