11 3年
ケナフとセンナと共に朝食を食べた後、庭に移動をし、お茶をしながら今後の話をすることにした。
私たち3人は座っているが、シーニーは「従者が座るなんて」と私の斜め後ろで立っている。
「まずは、自己紹介するわね。私は強欲の魔女のノワール。そして、ゴブリンのシーニーよ」
「シーニーです」
シーニーが小さく腰を折ると、ケナフが頭を下げた。
センナは、シーニーとケナフを見た後、真似をするようにお辞儀をした。
「ぼ、くは――
「待って。先に聞きたいことがあるの」
「はっい」
食事中にも感じたことだが、きっとケナフが流暢に話せないのは、ずっと話すことを禁じられていたからだろう。
私やシーニーを怖がっているからではないことは、食事中のケナフとセンナの会話で分かっている。
センナが何度も話しかけて、2人は楽しそうにお喋りをしていた。
だが、ケナフは終始喉が詰まっているような話し方だった。
彼に初めて会った時、声を漏らしただけで暴力を振るわれていた。
会話をすることなく怯えて暮らしていたのなら、喉の筋肉は衰えているはずだ。
もしかしたら、精神的なものかもしれない。
そのせいで、どうしても言葉が詰まってしまうのだろう。
「帰る家はある? もしくは、帰りたいと思う場所は?」
「いぃえ」
「ご両親は?」
唇を噛んで俯かれたが、数秒後顔が上がった。
ケナフの面持ちは歪んでいて、色んな感情が入り混じっている。
「むっらの、ひとに、ころ、されまし、た」
「あなたたちを売ったのは村の人?」
小さく頷かれて、吐き出しそうになった息を飲み込んだ。
村の人に対して憤りを感じての息だとしても、今ここで吐き出せば怖いだろう。
それに、大人でもため息を吐かれるのは不快なのに、子供にとっては気持ちを下げる嫌なものでしかない。
他に家族がいるのかどうか気になっただけだから、過去を聞くのはこれくらいでいい。
楽しいことに目を向けよう。
「やりたい、やってみたいことはある?」
急に話が変わったからか、キョトンとされた。
ケナフはゆるゆると首を横に振り、センナを首を傾げている。
「じゃあ、3年の間に見つけること。いい?」
指を3本立てて、ケナフたちの前に出した。
「ぇ……あっの」
「ここは人間が住めるような環境じゃないわ。魔女と魔物と深い森しかないからね。だから、3年よ。あなたたちの面倒を3年だけみるわ。その後は好きなことをすればいいわ」
「ぼく、いのっちを……」
「いらないわよ。もしどうしても差し出したいっていうなら、健康になってから頂戴。生気のない体で実験なんてできないわ」
まぁ、私はそんな実験や研究方法はやらないよ。
ノワールは若かりし頃にやってたみたいだけどね。
映像だけでお腹いっぱい。怖い怖い。
「お姉ちゃん、わたし、どれいです」
センナに不思議そうに言われて、真っ直ぐセンナを見た。
一般奴隷が、平民の身分だとしても買うとなると夢物語だ。
人生を何周しても手に入らないだろう。
働けても賃金は安く、奴隷はお金を借りることはできないのだから。
それをセンナが知っていたとは思えないが、自分は一生奴隷だと理解していたことになる。
だから、私の言っていることが分からないのだ。
「確かに、私がセンナを買い取ったよ。でも、私には優秀な子たちがいるからセンナは必要ない。センナはケナフと生きていくことを考えるの。どうやったらケナフと楽しく過ごせるのか考えるの。分かった?」
「お兄ちゃんといっしょ……」
「そう。生きる術を3年で学ぶのよ。まぁ、後は何が好きで嫌いかも調べればいいわ」
悩むように頷くセンナに微笑むと、今度はしっかりと首を縦に振られた。
嫌なことは記憶に焼きついているだろうけど、1日近くここに居てここでは嫌なことはされないと思ったのかもしれない。
本当の下衆は、希望を与えた後に落とすんだけどね。
私はそんなことしないから安心してね。
誰に問われたわけでもないのに、そんなことを考えていた。
「これで、最後。名前を変えるのはどうかしら?」
「なっま、えですか?」
「今の名前が気に入っているんなら変えなくていいけど、嫌いな人たちにも呼ばれた名前でしょ。今までのことがなくなるわけじゃない。でも、もう奴隷じゃないっていう意識を変えることはできるかなぁと思ってね。ただ、ご両親がくれた名前っていう点では大切だから、2人に決めてほしくて相談してみたの」
ケナフは斜め下を見るようにわずかに俯き、センナはそんなケナフを窺っている。
何かを覚悟したように頷いて顔を上げたケナフの声は、真剣そのものだった。
「かぇっます」
「いいのね」
「はっい」
「じゃあ、『アピオス』。どう?」
うん、いい響きだわ。
昨日からずっと考えてたのよね。
名前が変わったくらいで何かが変わるわけじゃないけど、大人になった時に過去のこととして受け入れるか切り離すかできたらいいなと思ったのよ。
だから、名前で区切る方が考えやすいかなぁってね。
あの頃とは違うって、心を強く持てるようになるかもしれないしね。
って、私、めっちゃ大人の考えじゃない。
いや、大人だったけどノワールの年の功が加わって、頭がいい大人って感じがするわ。
うん。喜んだけど「頭がいい大人」って表現がバカっぽいわ。
「ぼ、く『アピオス』……っありがと、ございます」
「よかった」
噛みしめるように呟いたケナフ改めアピオスが喜んでいるように見えて安堵する。
「お姉ちゃん、わたし、わたしは?」
「はい」っと手を挙げるセンナが可愛くて、頬が緩む。
「『カッシア』よ」
「わたし、『カッシア』! うれしい!」
うんうん、こっちもいい響き。
元気に笑っている顔がやっと見られて、私も嬉しいよ。
「私の話は終わり。2人からは何かある?」
「いぇっ、ありっません」
「もし何かあったら都度聞いてね。シーニーに尋ねてくれてもいいしね」
「あっりがと、ございます」
とりあえず、1週間はのんびり過ごすことにして、第1回目の話し合いはお開きになった。
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