112 怪しい男
クインスとタクサスの仕事の邪魔はできないので別れ、一度調べたいと思っていた場所までやってきた。
約1か月半前に、魔物が結界に体当たりしていた場所だ。
あの時の魔物は種族もだが、行動自体が明らかにおかしかった。
ノワールの結界は、認識阻害が組み込まれている。
本来なら結界に近付くこともできず、ふらっと踵を返すはずなのだ。
それなのに、あの時は普段仲良くもない魔物たちが、徒党を組んで結界を壊そうとしていた。
魔物は、殺した後で調べている。
魔物に魔法はかかっていなかった。
とすると、ここに何かしらの術がかけられていた。
もしくは、何かの魔道具が置かれていた。
と見るのが妥当だろう。
カーラーさんのことは、もう信用していない。
ネーロさんに関して話してくれた全てが、嘘だったと考えている。
ただ、カーラーさんがグースを愛していることだけは、本当のように思える。
「なーんか、点と点が結び付きそうで、どこかチグハグなのよね。髪の毛のこともあるしね」
軽く歩き回ってみたが、魔道具らしき物は見当たらなかった。
これについては初めから期待していなかったので、「そりゃそうよね」くらいだ。
いつまでも置きっぱなしになんてしないだろう。
「魔法式の形跡、魔力痕、どっちか残っていたらいいわね」
両手両腕を広げ、目を閉じてから魔術を唱える。
「『ニロクタ』」
足元から輪っかが広がっていくように、360度青色の魔力が地面を一気に這っていく。
閉じた瞳の視界には、魔力が形造る物質が次から次へと出来上がる。
真っ黒な世界に、青色のラインアートが完成していくような感じだ。
そして、魔力がわずかに残っていれば、一際青色が光り輝くようになっている。
「あった」
弱い光だが、確かに魔力の残骸、魔力痕だ。
ぎりぎり結界の中にある。
小さく息を吐きながら、魔術を展開するのを止めた。
魔女の森の結界と違い、人間が出入り自由な結界は目に見えない。
それは魔女であってもだが、魔女は結界を通れば、そこに結界があると気付くだろう。
だから、結界ギリギリの内側に魔法式、もしくはそこで魔法を使ったのなら、相手は間違いなく魔女になる。
「誰かな」
魔力痕があった場所に行き、ピンポイントで『ニロクタ』を発動させる。
かかっていた魔法を調べることは、さすがにもうできない。時間が経ち過ぎている。
わずかに残っている魔力痕の色から、相手が誰だか特定できたら十分だ。
ノワールの魔力が青色のように、シャホルさんは赤色だし、アスワドさんは緑色だ。
人間のポプルスたちだって、それぞれの色を持っている。杖にも色は反映されている。
だから、分析・解析できる『サキヂロ』ではなく、魔力の残骸を調べることができる『ニロクタ』を使ったのだ。
薄らとしか見えないけど、紫色……ネーロさんか。
カーラーさんは、ネーロさんが魔物を操ったと言ってたよね。
魔物に魔法がかかっていなかったから、どうやってと思っていたけど、ここに何かしらの魔法をかけておいたってことかな。
いや、ネーロさんのことだから、特殊な魔法薬を使った可能性もあるか。
あの時、私は結構早めにここに来たはず。
ってことは、どこかから見られていたかも。
だとしても……
「分かんないなぁ」
問題は、どうしてクライスト国を狙ったかなのよね。
まさか、ここだけカーラーさんの言っていたことが本当だって言うの?
オレアさんの件を断ったから、グースを狙ったっていう話。
いや、でもなぁ、アスワドさんのことがあるから、信用しきれないんだよねぇ。
そもそもさ、全部時間が経ち過ぎなのよ。
私、あれから何もされていないのよね。
こんなのさ、私が攻撃されたんじゃなくて、オレアさんを殺したかっただけで、たまたま私が巻き込まれたって考えた方が納得できそうじゃない。
なんか見落としてるのかな?
深い息を吐き出して、思考を切り替える。
まぁ、いいか。この魔力痕も、アスワドさんの森のことも、シャホルさんの反応からも、ネーロさんが鍵であることは変わらないものね。
ネーロさんをコテンパンにして、真相を聞き出せばいいのよ。
うやむやになっていた魔物襲撃事件の犯人が誰か分かっただけで、今は十分。
「ところで、さっきから私を見張っている馬鹿な奴は誰かしら?」
指を鳴らすと、後方でドサッという音がした。
何が倒れたかなんて見なくても分かる。
さっき辺り一面に『ニロクタ』を展開した時に、1人の人間が引っかかっていたのだから。
拘束した人物が倒れている場所に、ゆっくりと歩を進める。
太い木の側で地面に横たわり、青い顔で震えている男性を見下ろした。
「どうして私を見張ってたのかしら?」
「そそそれは……まままじょがめずらしく……」
「私、昨日も普通に街を歩いたわよ。本当に珍しくて? どうなの? 正直に答えた方がいいわよ」
「……めめいれいをされたからです」
「誰に?」
「いいいいえません」
「分かったわ。選ばせてあげる。ゆっくりと拷問されるのと、足と腕を切られるの、どっちがいい?」
「こここころしてください」
「命令した人物を言えば殺してあげるわ」
「いえ、、ません……」
いや、ごめん。
本当はそんなことしないから。
拷問も殺したりもしないから。
だから、泣きながら失禁しないで。
私が悪かったわ。
お願いだから、誰の命令かだけ教えて。
「ブラウ、来て」
ため息混じりに空に向かって呼びかけると、流れ星のごとくブラウが飛んできた。
「ノワール様ぁ、どうされましたぁ」
ブラウは、私の上げた指先に留まり、期待いっぱいの眼差しを向けてくる。
シーニーといい、どうして私の眷属たちは、私のお願いを喜ぶのか。
「グースかクインスを呼んでくるから、この男を見張っててほしいの」
「できればクインスがいいですわぁ」
羽で顔を隠しながら、頭をゆるゆると揺らしているブラウに小さく笑ってしまう。
「分かったわ。クインスにするわ」
「嬉しいですわぁ。お待ちしていますわぁ」
私の指から倒れている男の上に留まり直したブラウに微笑みかけた時、男性が呻き声を上げた。
突然のことに目を瞬かせるが、驚いたのは私だけのようだ。
ブラウは、機嫌よさそうに瞳を細めている。
「ブラウ、何かしたの?」
「少しだけ体を重くしただけですわぁ」
「殺したらダメよ」
「分かっていますわぁ」
また苦しそうな短い悲鳴を上げる男性に、早いところクインスを呼んできた方がいいのかもと、ふわりと地面から離れ、急いでクインスが居た執務室を目指した。
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