111 クインスとタクサス
おはようございます。
どうして私が心の中なのに囁き声で挨拶をしたかというと、朝食後のコーヒータイムを済ませてからポプルスを迎えに来たのにも関わらず、グースのベッドでグースとポプルスが眠っていたからです。
寝起きドッキリのトーンでのお届けでした。
ってかさ、グースに歯型付いてるし、ポプルスはグースに抱きしめられている状態で眠ってるんだけど……
この前グースは否定してたけど、やっぱりそういう関係だったとか?
ヤバいなぁ。
ちょっとお似合いすぎて、「浮気だー」とか言えないじゃない。
むしろ、「グースならいいんじゃない」とさえ思ってしまうわ。
あまりにもグッスリ眠っている2人を起こすのは忍びなく、今のうちにクインスとタクサスの奴隷紋を変更しておこうと2人を探すことにした。
昨日、案内してもらっているから、迷子になることはない。
まずはグースの執務室に行ってみようと、グースの私室から廊下に出た。
「え!?」
驚き声が聞こえて、咄嗟に「シッ!」と口元で人差し指を立てながら顔を向けた。
たぶん文官だろう。
男性1人・女性1人が書類の束を抱えて、目を丸くしている。
「もしかしてグースに用事? 悪いんだけど、後にしてもらえる。まだ寝ているのよ」
「わわわかりました」
「ご、ごゆっくりしてください」
顔を真っ赤にした男女は、勢いよく頭を下げ、足早に去っていく。
なんだか浮き足だっているような気がしなくもないが、魔女の人気が高いのはサラセニア国だけだ。
だから、憧れの魔女に会えたからとかではないと思う。
私、密かに人気あるとか? まさかね。
「本当に変なの」と首を傾げながら、執務室に向かった。
「誰かいるー?」
ドアをノックした後、すぐに言いながら開けると、クインスが椅子から立ち上がろうとした格好で止まっていた。
「よかった。クインスとタクサスを探していたの」
「私をですか?」
「グースから聞いているでしょ。奴隷紋のこと」
「はい。書き換えをしてくださると聞いています」
「そう。だから、さくっとしてしまおうと思ってね」
「分かりました。よろしくお願いします」
頭を下げるクインスに近寄り、『サキテシ』をかけ、かかっている魔法が奴隷紋だけかどうかを確かめる。
うん、奴隷紋だけだな。
「ねぇ、クインス」
自分の周りに浮き出た魔法式を眺めていたクインスは、表情を整え、私を見てきた。
「グースから聞いていると思うけど、死んだ後の魂が私にきても構わないのね。今なら特別で奴隷紋自体を無かったことにできるわよ」
わずかに目を丸くしたクインスは、可笑しそうに小さく笑った。
笑われるようなことは言っていない。
よく分からないツボがあるのは、ポプルスやグースと一緒だなと肩をすくめると、クインスは笑いを消した。
「すみません。甘々なポプルスを受け入れたノワール様ですから、優しいとは思っていたんですけど、本当にお人好しなんだなと感じまして」
「私、優しくもないし、お人好しでもないわよ」
「分かりました。そういうことにしておきましょう」
また小さく笑い出したクインスを睨むと、クインスは咳払いをして誤魔化していた。
ため息を吐き、クインスに手のひらを向けた。
瞬時にクインスの顔が強張って、今度は私が笑いそうになる。
さっきまで魔女相手に笑っていたのに、魔法をかけられるとなると、やっぱり怖いらしい。
でも、これが正常な反応だ。
ポプルスとグースが、おかしすぎるだけだ。
「『サキヂロ』『ノエーツ』」
滞りなくクインスの奴隷紋を消し、ネーロの文字の部分をノワールに変えた魔法をかけ直す。
魔法をかけ直した時に、クインスは不思議そうに手のひらや腕を見ていた。
もしかしたら、クインスも魔法を使えるかもしれない。
というか、試してこなかっただけで、意外に人類のほとんどが魔法を使えるかもしれない。
「ノワール様、ありがとうございます」
「お礼はいらないわ。だって、私に命を握られている状態なんだから」
「それでもネーロという魔女よりは、ノワール様の方がいいですから」
「まぁ、私の方が若いし可愛いからね」
キョトンとしたクインスは、とうとうお腹を抱えて笑い出した。
「ちょっと」と怪訝そうに睨んだ時、ノック無しにドアが開いた。
「兄貴ー、言われた通り指示してきたー。って、ノワール様じゃん! 2人で何してんの? 俺も混ぜてよ」
「グースが言ってたろ。奴隷紋をかけ直してもらってたんだよ」
「それね。俺、びっくりしたよ。この奴隷紋おっかなすぎる。かけ直しをお願いします」
タクサスは、とっとと軽やかな足取りで近づいてくる。
前から思っていたが、間違いなく末っ子ポジションの性格だ。
ポプルスみたいに、空気を読んで演技しているわけじゃない。
物怖じしないし、明るいし、なんでも口に出す。
愛されキャラだ。
「私の奴隷紋は怖くないの?」
「うん。だって、いまだに俺たち殺されていないでしょ。ポプルスさんなんて特に、殴られててもおかしくないと思うんだよね。でも、元気じゃん。だから、ノワール様は怖くない」
ニコッと笑われて、無意識に頭を撫でてしまった。
このタイプに弱いわけじゃない。
ただ微笑まれると、わしゃわしゃと撫で回したくなるだけだ。
「わっ! 触ってもらえた!」
え? そこ喜ぶところなの?
ポプルスに続き、この子も狂気を内に秘めているとか……怖いんだけど。
「ポプルスには秘密にしといてね。浮気だってうるさいから」
「俺、ノワール様相手なら大歓迎だよ」
「やめなさい。私よりポプルスの方が大切なくせに」
ペシッとおでこを叩くと、タクサスは目を瞬かせた後にお腹を抱えて笑い出した。
クインスが、深い息を吐き出している。
兄の苦労が窺えたので、労うためにクインスの腕を優しく叩いたら「違いますよ」と言われ、タクサスの笑いを更に誘ってしまったのだった。
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