109 グースの悩み
「んー、グース、向こうで寝なよ」
「俺のベッドなんだけどな。それに向こうはソファだ。体が痛くなるだろ」
馬鹿なことを言い合って、笑いっぱなしだった宴会が終わり、飲み過ぎたポプルスが我先にとベッドに潜り込んだ。
クインスとタクサスは、それぞれの家に帰っている。
真ん中で寝転んでいるポプルスを押し、ベッドに上がった。
幸せそうに目を閉じているポプルスの髪を撫でるように触ると、ポプルスは目を摩りながら顔を合わせてきた。
「なに? どうしたの?」
「壊れるように泣いていたお前が、幸せでよかったと思ってな」
「そうだね。グースの胸には、本当に世話になったよ」
起き上がったポプルスは三角座りをし、膝に顔を乗せ、微笑んでいる。
その顔が本当に綺麗で幸せそうで、俺の頬も緩む。
「グースは、もう家族を持つ気はないの?」
「ポプルスが新たに誰かを好きになるって奇跡があったんだ。俺もこの先は分かんねぇよ。まぁ、積極的に動くつもりはないし、ポプルス・クインス・タクサスって家族がいるからな。寂しくはないな」
今の気持ち的に、本当に持つ気はない。
というか、好きな人ができると思っていない。
旅をしながら共に暮らしていた最愛の人を守りきることができなかった。
あの苦くて痛くて辛い想いは、頭からも胸からも消えることはない。
ポプルスに助けられた命を、何回か自ら終わらせようとしたことがある。
その度にポプルスに止められ、親身に寄り添ってもらった。
「俺はこんな見た目だからさ、普通に話してくれるグースに感謝してるんだ。というか、グースに死んでほしくないのは俺の我儘なんだよ。だってさ、初めてできた友達を死なせたくないっていうのは、俺の勝手でしょ。だから、ごめんね。俺が悲しくなりたくないから、グースを何度でも止めるよ。グースはこれから、俺のために生きるしかないんだよ」
そう言って、抱きしめてきたポプルスの言葉の、どこまでが本心だったかは分からない。
ただ、あの時は久しぶりに感じた人の温もりに、やっと大声で泣くことができた。
親しくなった今なら、全部が本気で、全部が俺の気持ちを軽くしてあげたいがための嘘だったと分かる。
ポプルスのおかげで少しずつ生きる気持ちが膨らんでいき、今生きていてよかったと思えるくらいには大切な人たちができている。
それだけで十分だ。
大切な人たちの中に、好きな人を入れる必要性を感じない。
「だとしても、好きな人ができたら言ってよ。俺は応援するからさ」
「ああ、魔女を射止めたポプルスはご利益がありそうだからな。協力してもらうよ。もし失恋した時は胸を貸してくれ」
「いいよ。グースは泣くことが下手なんだから、そんな時くらい好きなだけ泣きなよ。いくらでも貸してあげる」
「ポプルスが泣きすぎなんだろ」
笑いながら言い、ポプルスの髪をクシャと撫でた。
「ぐちゃぐちゃになる」ってわざと抗議されるかもと思っていたが、そんなことは全くなく、ポプルスは小さく息を吐き出して、髪の毛を触っている手を掴んできた。
そして体を起こし、真っ直ぐ見つめてくる。
「グース、何かあったでしょ」
「何かって何がだ?」
「ったく、時々悩むような顔してんの、俺が気づかないと思った? 話すまで待とうと思ったけど、俺明日には帰っちゃうからね。今無理矢理聞いてあげる。ほら、吐き出しなよ」
「何もねぇよ」
悩む素振りなんて一切していないはずなのに、ポプルスの声には確信めいた物が含まれている。
だとしても、こんなにもおめでたい日に話すことじゃない。
いつになったらとかいう明確なものはないが、昔を懐かしむくらい年老いてからでもいいんじゃないかと思っている。
「いいや、あったね。絶対に何かあった。あ、もしてして、ノワールちゃんを好きになったとか!? ダメだよ、俺のだからね」
「違うし、お前がノワールのモノなんだろが」
「そうとも言う。で、1人で鬱々と何を悩んでるの? 俺に言えないことなんて、この世にないでしょ」
「お前って奴は……はぁ」
ため息を溢すと同時に視線を俯かせると、ポプルスが覗き込むように顔を突っ込んできた。
「ほら、吐き出しなよ。ほらほら」
「俺、ポプルスとならヤれる気がする」
「今更? 俺だってグースとならできるよ。って、そんな話じゃなくて、グースを悩ませていることは何かって話だよ」
「分かった。言うよ」
「どうぞ」
「お前のことだ」
ここまでしつこくされたら誤魔化しようがない。
俺を想ってのことだとしても、本当に引き下がるという言葉をどこかに置いてきすぎだ。
だから簡潔に伝えたのに、ポプルスは瞳をパチパチさせながら姿勢を正し、腕組みをして唸っている。
「えー、んー、本当に俺のことが好きすぎて、ヤりたいってこと?」
「待て。そうじゃない」
「でもなぁ、俺、ノワールちゃんに操を立ててるんだよねぇ。ノワールちゃんと付き合う前だったら、1回くらい挑戦してみてもって感じだったけど……あ、それはグースだからだよ。他の男は願い下げだから」
「ポプルス、違うって分かってんだろ」
茶化すように違う事を言い出したのは、俺の雰囲気が固くて重たかったからだろう。
言いやすくなるようにしたかったんだろう。
ポプルスらしい。
だから、俺はそれに乗っかるように、肩をすくめるポプルスの腕を軽く殴ってやった。
戯れていると分かるほどの、押すくらいの優しいものだ。
グース視点は次話まで続きます。
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