10 兄妹
家に向かって飛んでいる間に、奴隷紋を解除した。
消えたと感じる何かがあるのか、少女は不思議そうに首を触っていた。
道中、時間はあるので名前を聞くと、「センナ」と教えてくれた。
ただそれ以外の「好きな食べ物」「好きな色」などの質問には答えてくれなかった。
緊張を解してあげたかったが、どうやら無理なようだ。
自宅に帰ると、シーニーが出迎えてくれ、少女は目を丸くしながら私にしがみついてきた。
蜘蛛はいけたのに、ゴブリンは怖いようである。
「シーニー、ケナフは?」
「パン粥を食べた後は、静かにソファに座ったままです」
「そっか」
センナの背中を優しく叩いた後、顔を合わせるように覗き込んだ。
「センナ、お風呂とご飯とお兄ちゃんに会うの、先にどれがいい?」
「……ぉに、ちゃん」
「分かった。お兄ちゃんに会おう」
シーニーも一緒に、ケナフに与えた部屋に向かった。
シーニーが開けてくれたドアから中に入ると、ソファの上で三角座りで顔の半分を埋めていたケナフが、弾けたように立ち上がり転げそうになりながら駆けてくる。
こんなにも動くケナフは初めてで一驚する。
そして、腕の中にいたセンナも勢いよく腕をケナフに向かって伸ばし、「おにいちゃん!」と大声をあげた。
そのことにも驚愕しながらセンナを降ろすと、センナは足をもつれさせながらケナフの胸に飛び込んだ。
「セ、ッナ! セン、ナっ!」
「おにいちゃん!」
大粒の涙を滝のように流しながら、強く抱きしめ合う2人を見て胸が苦しくなる。
静かに泣いているシーニーの頭を柔らかく叩いて、見上げてきたシーニーに「しー」と口元で人差し指を立てた。
そして、存在を確かめるように抱き合っている兄妹を一瞥してから、音を立てないように部屋を後にする。
「あ、シーニー。センナは大金貨5枚で買ったの。お金用意してくれる?」
「分かりました。私が持って行きますね」
「ううん、私がさくっと行ってくるよ」
「いいえ。ケナフとセンナの服が必要になりますので、ついでに買ってきます」
「大丈夫?」
「はい。私はたまに街に行っていましたから、皆驚かないと思います」
「そっか。じゃあ、任せるね」
頼られて嬉しそうに頷くシーニーの頭を撫でた後、用意してもらったお茶でのんびり過ごしたのだった。
夕方になり、シーニーが大量の荷物を抱えて帰ってきた。
「私も行けばよかったね」
「大丈夫です。私の仕事ですから気にしないでください」
「うん、ありがとう」
1つだけでも荷物を受け取ろうとしたけれど、シーニーに悲しそうに見られたので何もせず手を引っ込めた。
「ケナフたちを着替えさせますね」
「それなら少し待ってあげて。さっき様子を見に行ったら、2人とも泣き疲れてそのまま眠ってたのよ」
「分かりました」
「先に夕食の準備をお願い。用意ができたら一緒に起こしに行きましょう」
「はい。ノワール様、何が食べたいですか?」
「シーニーのご飯は何でも美味しいからなぁ。そうだなぁ、今日はお魚メインがいいな」
「任せてください」
「それと、具沢山のスープ。それなら、ケナフとセンナも食べられるでしょ」
笑顔で頷き厨房に向かうシーニーを見送り、窓から外を眺めた。
ケナフとセンナをどうするか考え、「10歳と7歳か」と呟いた。
程なくして、夕食の準備が終わったシーニーと共に、ケナフたちがいる部屋に向かった。
ノックをしてからドアを開けると、ケナフは起きていたようで床に座りながら丁寧に頭を下げてきた。
ケナフの腕の中では、センナが安心したようにスヤスヤと眠っている。
「あのっ、ありがと、ござっます」
「いいよいいよ。夕食の時間になったから呼びに来たの。食べられそう?」
「ぁ、はい。でっも……」
ケナフの視線が、センナに向いた。
きっと起こしたくないのだろう。
ケナフの眉や瞳は、困ったように下がっている。
「じゃあ、ケナフの分はこの部屋に用意するわ。で、センナが起きたらシーニーに言って。センナの分を用意してくれるから」
「はいっ。そのっいいのですか?」
「ダメだったら言わないから安心して」
もう1度言葉を詰まらせながら片言の「ありがとうございます」を言われ、「気にしないで」と笑った。
今後についてケナフ1人と話し合ってもいいが、センナは小さく見えても7歳。
奴隷期間を知らないが、通常の7歳より分からないこと理解できないことは多いと思う。
自分ではどうしようもない生活を余儀なくされていたのだから、希望も夢も持っていないだろうしね。
だって、彼女は「助けてほしい?」と尋ねた時、反応しなかったんだから。
でも、自分で考えられないわけではない。
ケナフの名前を出した時、そして、その後から確かに気持ちを動かしている。
それは、ケナフにも言えることだ。
彼は自分の命と妹を天秤にかけて、妹を助けてほしいと懇願してきたのだから。
2人は未来を夢見ていなくとも、まだ心が死んでいるわけではない。
だから、少しくらい手を貸してあげようと思っている。
1人食堂で夕食に舌鼓を打っていると、シーニーが戻ってきた。
ケナフは、とても感謝しながら食べたそうだ。
ただセンナをベッドまで運ぶ力すらないらしく、普通の生活に戻るには時間がかかるだろうとのこと。
だからずっと床にいたのかと、小さく頷いたのだった。