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105 ノートと簪

白い髪があった場所から、横に視線を滑らせる。

ノートらしきものと簪のような髪飾りが置いてある。


「ランちゃん、これは?」


「ポプルスに関する物やないの」


「ポプルスに? ネーロさんの大切な物って、この3点だったの?」


「ネーロ様の大切な物は、髪の毛だけやないの。ポプルスの物は、コレクションの中から持ってきたやないの」


そうなのか。

ネーロさんが大切にしていた物って、あの男の髪の毛だけだったのか。

ネーロさんも、あの男を愛していたってことよね。

あんな男の何がいいんだか。


まずは、ノートの上に置かれている簪を手に取った。

くるくる回して観察していると、棒の部分に文字が彫られていることに気づいた。

間違いなく【愛するルクリアへ】と読める。


なるほどね。

グースの話から推測すると、ポプルスは全てを失い、手元には何も残っていない。

それにはルクリアさんの遺品も含まれていて、この簪が唯一残っている物なんだわ。

だから、シャホルさんがポプルスが欲しがるって言ったのね。

ポプルスが異常なほど私の髪の毛に執着していたのも、そういった経緯からなんだろうな。


そうだとして、どうしてこれをネーロさんが持っているのかってことよね。

ポプルスを好きだとカーラーさんは言っていたけど、やっぱり信用できないのよね。


簪を置いて、薄汚れているノートを開いた。

どうやら医師だった人の日記のようで、どんな患者が来たのかや、妻と何をして過ごしたのかが書かれている。

パラパラとページを捲っていき、不穏を滲ませている文章に手を止めた。


「これって……」


日記には、【ボロボロの女性から赤ん坊を託されたこと】【その女性は、その時に息を引き取ったこと】【その赤ん坊をポプルスと名付けたこと】が書かれていた。


老夫婦に子供はいなく、初めての子育てに奮闘したことが分かる内容に、目を見開いてしまう。

だって、グースは「ルクリアは老夫婦の孫」だと言っていた。

家を受け継いだからポプルスと一緒に住んでいた、と話していた。


文字に視線を走らせ、他に異なる点がないか気にしながら読んでいく。


老夫婦がどれだけポプルスを大切に育ててきたか分かる日記は、胸を温かくしてくれた。

だが、どこにもルクリアという名前が見当たらないこと、全ての財産をポプルスに残すと締め括られていることに眉根を寄せてしまう。


グースは、ポプルスかルクリアから聞いた馴れ初めを教えてくれたにすぎない。

ならば、ポプルスに話を聞けば、日記との違いが明確に分かるだろう。

でも、今突っ込んで聞いていいものかどうか悩む。

やっと前を向こうとしているポプルスに尋ねて、過去に引っ張られ足踏みをしてほしくない。


それに、この日記も、どうしてネーロさんが持っていたのかが謎すぎる。

ネーロさんが持っている必要がある内容が、どこかに書かれていないか、もう一度読み返してみたが、老夫婦とポプルスの日常しか記載はない。


小さく息を吐き出して、日記をチラチラと見ているシーニーに手渡した。

ランちゃんは、シーニーの真上の天井からぶら下がり、横から覗き見するようだ。

2匹とも気になっていたが、自分から見たいとは言い出せなかったんだろう。

シーニーは、真剣に読んで、所々で小さく首を縦に振っていた。


「ノワール様、ありがとうございました」


「いいわ。シーニーたちには、知ってもらっていた方がいいと思うしね」


「これは、ポプルスに渡しますか?」


「そうねぇ、私が知っているのを知られない方がいいと思うし、今は謎が残ったままだから、全てが解決したら渡そうと思うわ。でも簪だけは、ブラウにグースに持って行ってもらうわ。ポプルスに渡すかはグースに託すわ。見つけたから買い取ったとか何とか、グースならおかしくないでしょ」


丸投げするみたいで、すんまそん!

だけど、私から渡すよりグースから貰う方が、ポプルスも心へのダメージが少ないと思うのよ。

私の場合、日記は大丈夫だろうけど、簪は「どうして知っているの?」って動揺させちゃうだろうからね。


「でしたら、私が持って行って言付けますよ」


「いいの?」


「はい。クライスト国にはすぐに行けますから、明日の朝食準備も問題ありません」


朝食の心配はしてなかったよ。

シーニーが働きすぎなような気がして、心苦しくなったんだよ。

けど、こんなにも自信満々に胸を張られると、やっぱりブラウにって言いにくい……


「じゃ、お願いするわ」


「任せてください」


喜んでくれているみたいだから、もう気にしないようにしよう。

でも、どこかで休みを取るように勧めよう。

悲しまれそうだけど、働きすぎは体調を崩してしまうかもだからね。


シーニーが小さな風呂敷きに簪を包むのを待ち、一緒に地下室を後にする。


「ランちゃん、大変だったよね。ゆっくり休んでね」


「全くやないの。拍子抜けするほどやったやないの」


「そうなの? ランちゃん、すごいね」


「照れるやないの」


嬉しそうにゆらゆら揺れるランちゃんが可愛くて、頬が緩む。

地下室に向かった時とは打って変わって、穏やかな雰囲気で終われてよかった。

そうじゃないと、シーニーとランちゃんを、気落ちさせたままになってしまっていただろうから。


2匹はどれだけノワールが悲しんでいたかを知っているから、本当は伝えたくなかったし見せたくなかったはずだ。

でも、報告しないとという使命で、痛い心を隠して教えてくれた。


もし融合していなかったら、沈んだままのノワールに2匹は自分を責めたことだろう。

そんな苦い結果にならなくて、2匹の心意気を無碍にするようなことにならなくて、本当によかったと思う。


ノワールには悪いことをしたけど、こんな私と融合したことを悔やんでもらおう。

融合の魔術を発動したのは、ノワール自身なんだからさ。


廊下で、今から届けるというシーニーと、森にある寝床に帰るというランちゃんと別れ、ポプルスがいる自室に戻ったのだった。




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