100 私に愛されなさい
ポプルスも色々考えている感じがしてたけど、もしかして、今の日々の方が大切だと気づいてネーロさんのところには行かないことにしたとか?
もしそうなら、全部解決してから落ち着いて結論出せばよかった……まぁ、でもきっと同じ答えを出したと思うから、このめちゃくちゃ重たい男の全部を受け入れよう。
泣くほど喜んでいるし、私にここまで言わせたんだから命を粗末にしないでしょ。
ポプルスの背中を柔らかく叩いて、体を離させた。
手でポプルスの涙を拭うように頬を撫でると、ポプルスはその手に顔を擦り付けてくる。
「私以外は外せない首輪でいいわね」
「何が?」
甘く問いかけてきたポプルスが手にキスをしてきたので、少し強めに頭を叩いた。
悲しそうに見つめられるが、無視して立ち上がる。
「夫婦になっても、スキンシップは今までと変わらないから」
「ええ!? なんで!?」
「当たり前でしょ。教育によくないからよ」
「で、でも、寝室は一緒だよね? 側にいろってノワールちゃんが言ったんだよ」
慌てて腰を上げたポプルスに手を繋がれる。
情けない顔で縋るように見てくるのは、きっとわざとだろう。
「寝室は……そうね。一緒でいいわ」
「やっ――
「でも、する回数は今までと変わらないから」
「え? なんで? どうして?」
「ポプルスが体力お化けすぎるんでしょ」
「ええ……ノワールちゃんが可愛すぎるのがいけないのにー……」
「無理なら部屋は一緒にしないわよ」
「ダメ! 大丈夫だよ、毎日狼にならない」
そんなことを言いながらも、ポプルスは耳を甘噛みしてくる。
なので、お腹を力一杯殴ってやった。
「いっ」と声を漏らして離れるポプルスに、冷たい視線を送る。
「ひどいよ」
「過剰なことしてくるからよ」
「うーん、分かった。今すぐ部屋に行こう。ノワールちゃんの部屋の場所を教えて。俺も今日から移動する」
「はいはい」
呆れたように言ったのに、ポプルスは「やったー」と両手を上げて喜び、抱きついてきた。
そして、私の手を取ると、スキップしているような足取りで屋敷の中に入っていく。
「ノワールちゃんってすごいね」
「今更どうしたの?」
「俺ね、ここのところすっごい悩んでたんだ。どうしたらいいのか、どうすれば罪悪感から逃れられるのか、どうしたら後悔と向き合えるのか」
悲しそうに微笑んだポプルスは、俯くように視線を落とした。
でも、すぐに顔を上げている。
「どんなに考えても、ずっと『でも』『でも』って心が決まらなかった。俺に幸せになる権利はないのに、手放したくないって苦しくて辛くて痛かった。ずるずると暗い心を引きずったままだったのに、さっきノワールちゃんに告白された時に、もうなんかどうでもよくなったんだ。視界が開けたような気がしたんだ。ノワールちゃんしか見えなくて、ノワールちゃんがキラキラ輝いていて、俺の気持ち全部盗まれてた。さすが俺の魔女だよね」
笑顔を向けてくるが、どこか寂しげでもある。
「過去にさ、色んな事があったんだ。あの頃はあれが幸せだと信じてた。でも、あれは偽物だったんだ。その偽物を大切にしていた俺のせいで歪んだ。だから、俺は償わなければいけない。幸せになろうとする俺は最低だと思う」
「意味不明なんだけど」
カーラーさんと話していた内容も、グースに聞いたから過去も知っている。
ポプルスが悩んでいたことも気づいている。
だから本当は、ポプルスが何を言いたいのか分かっている。
だけど、慰めの言葉をかけるつもりはない。
それっぽい言葉を言うつもりもない。
過去に対してどうこうしたいと言うのなら、感謝をグースに伝えるだけでいい。
グースが困った時に、ポプルスが側で支えてあげればいい。
私はそう思う。
「そうだよね。ごめんね、説明はまだできそうにないんだ。でも、これははっきりと言える。俺は最低だけど、今からもっと最低最悪になるけど、ノワールちゃんと幸せになりたい。負の感情を背負い続けることになるけど、今の幸せを手放したくない。大切にしなくちゃいけないことを、もう間違いたくない。ノワールちゃんと一緒に生きていきたい。ノワールちゃんが好きなんだ」
立ち止まり、熱を持った瞳で見つめてくるポプルスの頬に、涙の筋ができる。
撫でるように雫を拭い、頬をつねってやった。
「いたいいたい! なんで?」
呆れたように息を吐き出し、今度は私がポプルスの手を引きながら歩く。
「過去のことをウダウダ言うからよ。いい? あなたは、私のことだけを考えていればいいの。それ以外は全部私に任せればいいの」
「……ノワールちゃんが男前すぎてドキドキが止まらない」
ノワールの私室に到着し、「ここよ」と手を繋いだまま入室した。
ベッドに辿り着く前にポプルスの手を強く引っ張って、胸ぐらを掴む。
「ポプルス。大人しく私に愛されなさい」
「うん、俺が寂しくて死んじゃわないように、ノワールちゃんの愛で縛り付けていて」
ポプルスに抱きかかえられ、キスをしながらベッドに移動する。
泣きながら激しく求めてくるポプルスに何度も応えていたが、さすがに体が痛くなり殴ってポプルスを止めたのだった。
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